デジタル空間メタバースと不動産所有の変化

1、ベトナムのコロナ対策の急激な変化

 2022年もやはりコロナ感染急拡大で幕を開けたようです。オミクロン株の急拡大が報じられています。ところでベトナムの感染は相変わらずの数が続いています。しかし、対策は昨年の9月までとは大きな変化があります。9月までは外出禁止、工場では宿泊、食事も工場内で行い、自宅・地域に帰らないという政策を取っていました。ところが今の対策はワクチン接種の急拡大により3回目、4回目も打った人もいるくらいです。私も1月12日急に言われて、3回目の接種をしました。日本での2回接種と同様にファイザー製のワクチンでした。また、いろいろなアプリを使い、ワクチンパスポートの提示、行動履歴の確認を徹底させる対策を取っています。社会的隔離からWithコロナに変わったのを感じます。

ベトナム国内にいると、様々なコロナ対策アプリをスマホにインストールしないと大きな店舗やレストランやオフィスビルに入ることができません。今までは外出禁止などの措置を取っていましたが、スマホアプリによる健康申告(tokhaiyte.vn/)、外国人の医療申告(IGOVN)、ワクチン接種や個人の居場所などの個人情報申告(PCCOVID)によって行動制限をしないが、アプリによって個人の行動や接触者を管理する方向に変わりました。IT技術の活用でWithコロナをコントロールする方向性です。社会的隔離をしなくてもIT技術によってコントロースする方向に舵を切ったと言えるでしょう。

日本に帰国していた時は、アプリを提示しなければ入れない店などはなかったのですが、ベトナムではアプリの提示が必須のところがたくさんあります。1月3日にゴルフに出かけたときは、ゴルフ場に入るために抗原検査さえ求められました。

ベトナムの都市部ではこのようなスマホのアプリを使った管理体制を厳守しています。ベトナム語の説明や英語の説明以外ないので、分からないところも多く、会社の若いスタッフに助けてもらって対応をしています。ベトナムの大都市ではスマホがないと日常生活が送れないと感じるくらいです。 

急速にリープフロッグ現象が進むベトナムならではの対策です。電子決済、配車サービスなどと同時にコロナ対策もアプリによってなされています。スマホを持っていなかったり、操作ができなかったりすると社会生活を制限されるくらいです。デパートに入れない子供おもちゃを買ってあげるためにスマホで動画を撮影して、子供に選んでもらおうとする若い夫婦の姿を見たこともあります。そのくらいベトナムの都市部で社会生活をするうえではスマホの所有が必須になっており、多くの人が自分の必要とするアプリを登録しています。

2、NFT・メタバースという不思議の空間

 ベトナムのアプリの使用の強制徹底ぶりには驚きますが、私なんかは何も関心がないことでもベトナムの若い人は関心を持っていることがあります。新しいことを取り入れようとしている様子を垣間見ます。電子マネー、配車アプリもECサイトの利用も急速に普及しています。

そんなある日一緒に食事した若い日本人と「仮想空間」の話になりました。1人は日本の地方銀行からベトナムの銀行に出向している駐在員、もう一人はベトナムにあるIT会社の経営者です。唐突にデジタルアートを買うこと、仮想空間でモノを売ったり買ったりすることをどう評価するかとの話になりました。私には何のことか見当もつきませんでした。デジタルアートの取引が可能になるのは、NFT(Non-Fungible Token)を使って所有権を確定できる技術があるからです。仮想なもの(デジタル)にも所有権を確保しようとの動きです。その技術をもとに仮想空間でリアルな物品ではないデジタル商品の取引ができるとのことでした。「メタバース」という単語が飛び出てきたので、Facebookが社名をメタに変えたことと、「メタバース」のサービスに力を入れようとしていることをふと思い出しました。

私はその単語を聞いたことがあるだけで中身はわかりません。話を聞いているとインターネット上に存在する三次元の仮想空間で、実在の人の分身となるアバターを作り、本人に代わって不特定多数と会話したり、暗号資産(仮想通貨)を使い物品や土地を売買できる空間なんだそうです。ここでいる土地とはリアルな不動産というよりは、人の目につきやすい広告宣伝につながる土地(デジタル空間)と考えてください。利用する人が多数になると多くの人に露出して価値が上がる土地ということです。

アバターを使い、その土地に仮想店舗を作り商売をするということです。高級な衣料品や靴など何でも購入できるようです。世界中からそれぞれの人の分身となるアバターが参加してリアルな経済活動を行うことができる空間がメタバースだそうです。ベトナムのスマホ同様使う人が急速に増えると、新しい必需品としてなくてはならないものになるのです。仮想空間で売買が成立したら、現実空間でなくても有効な経済活動になります。

メタ(Meta)は超越を意味する言葉、バース(Verse)は宇宙と言う意味のUniverseにも使われていますが、UNIは一つのという意味、VERSEは向きや形を変えると言う意味があります。超越して向きや形を変える世界と言う意味がメタバースです。暗号資産(仮想通貨)が出てきたときも、リアルには分かりませんでしたが、メタバースも同様です。ただ人によると暗号資産(仮想通貨)はこのメタバースが拡がることによって成長が期待されるとの声もあります。人類が当たり前に使っている貨幣自体も人間が作り出した共同幻想だとしたら同じことです。

将来的には生活の一部もその空間で行うことができるというSF小説のような世界です。でも通信の世界の変化を考えれば実際にあり得るかもしれないと思うこともあります。文字を使った手紙ではすぐに伝えることはできませんので、緊急情報については、昔は「のろし」を使ってを伝えていました。19世紀に入ると伝達スピードを飛躍的に上げる技術が発明されました。文字をモールス符号に置き換えて、情報を電線でつながった離れたところにいる人に伝えました。さらに電話の発明で、音を自動で電気信号に変換できるようになりました。電波を使った無線通信技術も開発されました。それからおよそ80年たって電話と無線通信の技術が合わさり携帯電話が生まれました。初期の移動式電話は大きくその大部分を占めていたのは電池ですが、リチウムイオン電池の登場で小型化が可能になりました。また多くの部品を一つにまとめる集積回路の技術により一層小型で多機能になり、コンピュータの機能を持つスマホになりました。

リープフロッグ現象の国ベトナムでは、ほかのどんな通信手段も経ずにスマホになりました。Mobile Phoneはありましたが、すぐにスマホに駆逐されました。ベトナムの若い人は、いち早く新しい機能を自分たちの生活資材として組み込む力があるのだろうと思います。

3、現在ベトナムのリアル不動産事情

 仮想空間の話をしましたが、現実の人々はリアルの世界で生活しています。その富の象徴が不動産です。地球ができて人類が登場したときは地球(土地)は誰のものでもありませんでした。しかし、経済が発展する過程で、不動産は権力と富にとっては重要な支配のファクターになりました。そこで誰が誰に所有権を証明するかが権力の役割に使われました。不動産取引の現場を垣間見るとその国の歴史が投影しています、特にベトナムは社会主義国という側面があり、そうなる以前に国が二つに分かれていたことが大きく影響しています。それは不動産とは何かを考える材料になると思っています。

 ホーチミン市1区は市の中心地ですが、私たちにはなじみの日本人町の地域があります。その地域はレタントン通りです。ベトナム戦争が終わってからはベトナム海軍が所有していた土地です。正確にいうと所有しているのではなく、国から長期の使用権を与えられているということです。ベトナムの土地法では、土地は人民の所有であり、国によって管理されていることが明文化されています。国が土地の使用権を与えた人がその土地を活用できます。

 ベトナム戦争が終わって、海軍の所有(使用権の所有)と言いましたが、それまではどうなのでしょうか?1976年に国が統一されるまでは、ベトナムは「北」と「南」が戦争をしていました。「南」は米国などが支援していましたが、国際世論の批判が高まったことを背景に、アメリカは「南」から撤退し、「北」が勝利し国を統一しました。その時、「南」の支配勢力や富裕層はボートピープルとして海外に脱出しました。その家主がいなくなった不動産が街の中心部にたくさんありました。それを軍が支配するようになりました。軍が持っている土地は、戦争で貢献した人たちを中心に使用権を貸与したのがこの日本人町の元々の様子です。権力の移行により土地所有のルールが変わるのです。戦争が終わったころは経済も低迷し、不動産の価値など大したことはありませんでしたからメリットは限定的でした。

ところがベトナムがドイモイ政策などの経済開放政策をとるようになると外資が積極的に入ってきました。外資が入ってきたことにより、韓国人街や欧米人が多い地域ができました。今の日本人町はもともとは韓国人が多い地域だったようですが、家賃が高くなり韓国人たちは他の地域に移動しました。高くなった家賃のこの地域には冒険を避ける傾向のある日本人が契約するようになりました。リスクを取った後の物件に入ることが安全だったからです。それが日本レストランが多い「日本人町」と言われる区域として定着しました。

日本レストランのオーナーはこの使用権を持ったこの地域の不動産オーナーに家賃を払って借りています。大家さんがハノイに住んでいるケースが多く、ホーチミン市内に住んでいる協力者が管理しているケースが多いです。それは戦争の勝敗の影響であることは間違いありません。その最初の使用権を持った人は死亡した場合、その子供が相続しているケースが多いです。家督相続のように一人だけが相続するわけではないので、子供たちが複数名の共同所有になっている場合も多いです。相続税がほとんど発生しないので子供たちが不動産を手放すことは多くはありません。

 しかし、この日本人町もコロナ禍で多くの店舗が撤退しました。理由ははっきりしています。半年程度店も開業できなかったからです。テイクアウトは認められていましたが店舗内にお客さんは入れられませんでした。一定期間はテイクアウトも禁止されていました。家賃は発生するのに収益はゼロです。これでは店舗を維持できません。日本人町の店舗として使う不動産は東京の不動産価格とそれほど違いません。結局はレストラン経営者や従業員が一生懸命稼いでも家賃として大部分は大家さんに還流します。

 ベトナムではこのような土地を持った人たちが高級車を買ったり、コンドミニアムを何件も買ったりできる富裕層に成長しています。相続税もほとんど発生しないことからお金持ちはどんどん新しい投資ができ、どんどん金持ちになっていきます。皮肉にも金融資本主義のアメリカの格差社会とあまり変わりません。

4、日本の不動産制度の変更は権力の変化のときに起こった

 時代と共に土地制度は大きく変わります。奈良時代に「班田収授法」によって国有になった土地も、人口増加や税収の問題で私有地を認める変化により荘園制が生まれ封建制度の土台になりました。近代日本の土地制度の変化は、明治維新の地租改正が変化のきっかけです。明治政府は1872年に、土地の所在や面積、持主を明記した地券を交付し地主が誕生しました。1873年から地租改正を実施し、地価を決めて毎年地主が3%の税を支払う仕組みが始まりました。3%は高額で凶作の時は地代を払えず、貧しい農民は地主に土地を売り、小作人になっていくこともありました。小作人に土地を貸し小作料を取ることで収入を上げている地主もいました。農地を持っていても農業はせず不動産事業です。不動産事業のほうが生産する人より儲かるのです。地主たちは小作料によりますます豊かになり貧富の差は拡大しました。豊かになった地主は金融業も営み、一層豊かになっていきました。

 それが一変するのは敗戦です。1946年GHQのマッカーサーは、地主たちから所有権を買い上げ、小作人に安価に売り出す「農地改革」を行いました。特に農地のある地域に住んでいない地主からは土地を没収、住んでいても決められた面積以上は持てませんでした。土地代は10年間換金できない国債で支払われたために、換金できた時はインフレで価値が暴落していました。栄華を誇っていた地主が没落したのはこれによってでした。津軽の名家、津島家出身の太宰治の小説からも、地主の没落をうかがい知ることができます。

農地を所有できた小作人の中には生活費の足しにと土地を売って都会に出てきた人もいたようです。その土地を買うことができたその当時豊かになり始めていた人たちが買い占めて、農地から宅地に転換していったようです。インフレは農地を手にした人にとっては好都合で、安かった土地が高額になりました。特に大都市の土地は農地から宅地に変わり、土地を持っていれば金持ちになるという意識にが浸透し、不動産神話が生まれました。鉄道系の会社などは都市開発を進め、高くなった不動産を販売するなど不動産開発プロジェクトが成長ビジネスになりました。

5、リアルエステート(不動産)と仮想空間の共存の可能性

コロナ禍のベトナムのリープフロッグ現象とベトナムの不動産と日本の土地の制度改革を見てきましたが、私のSF的着想をもって最後に締めましょう。ベトナムでも日本でも急速なデジタル化が進んでいます。日本ではデジタル庁という官庁もできました。人々の生活からデジタルが手放せなくなりました。

人の生活がデジタルに依存するようになると、リアルなものと同等に仮想空間も価値を持つ可能性があります。多くの人がデジタルを使うようになるとデジタルの宣伝効果、媒体としての存在価値が増大します。みんなが使うとその価値は大きくなります。NFT(Non-Fungible Token)という概念は、デジタルな材料(電子的アート・スポーツ・エンターテインメント・デザイン)に今までできなかった所有権を認証する権力が発生し、利益を生み出すことです。不動産が誰のものでもないものだったのが、権力によって所有権(使用権)が認められることで、有力な価値の源泉となったのと同様です。仮想空間という不動産空間を作ることで新たな経済活動が生まれます。リアルな空間と変わらないビジネス空間になるのです。言い換えれば、これからの人はリアル空間と仮想空間の両方でビジネスができるということです。

急激な都市への人口集中で新興国も都市部はリアル不動産が高騰しています。ところが日本は人口減少社会になりました。ベトナムでも近い将来は高齢化社会になります。また、持続可能な社会として環境対策が厳しくなり始めています。リアル不動産以外に価値を発見できたら、それに移行する可能性があります。不動産は権力移行がない限り有利な立場の人が守られます。権力の移行は革命やクーデターが一般的ですが、リアルの価値と同様なデジタルの価値が共有されれば、新しい富への移行がなされる可能性があります。

 スマホがそこまで進み、新興国も使いこなしている現代社会になったことから、近い将来のリアルと仮想が共存する社会が両立する可能性があります。ITの仮想空間を制したものも支配者になる時代がやってきているとも考えられます。これは私のSF的な夢想にすぎませんが、近い将来何らかの変化の萌芽が芽生え始めている証ではないかと思います。究極に人が求めるのは、現実と仮想の二つの空間より、現世と来世の二つ世界が保証されたることかもしれません。中世ヨーロッパでは教会がお金を出せば罪を許され、天国に行ける免罪符贖宥状しょくゆうじょうを売っていた時代もありました。それにより教会は堕落し、新しい時代を迎えるきっかけになりました。

以上

投稿者プロフィール

西田 俊哉
西田 俊哉
アイクラフトJPNベトナム株式会社・代表取締役社長。
大手生命保険会社に23年の勤務を経て、2005年に仲間とベンチャーキャピタル・IPO支援事業の会社を創業し、2007年に初渡越。現在は会社設立、市場調査、不動産仲介、会計・税務支援などを展開。