ベトナム事業と給付金詐欺で考える性善説、性悪説と人間欲求

1,ベトナムで投資を失敗する典型的なパターン

 ベトナムの税務会計の業務を委託していた公認会計士が、2年超ぶりに渡航しました。今は一緒のオフィスで仕事をしています。私の仕事は日本企業の進出や日本企業の活動に関する支援が主な仕事ですので、公認会計士の協力が得られることは十分に意味があります。彼が久しぶりにベトナムに来たことで、いくつかの日本企業の諸問題の解決の依頼を受けました。問題の多くは経営に関する資金にかかわる問題です。

 日本人とベトナム人が意気投合して共同事業を行おうとする場合、ベトナム人がこの国のノウハウを伝え、不動産などを提供し、日本人が資金を出す約束ではじめる場合があります。外資100%の出資をして、外資系企業として手続きをとる場合は問題はそれほど起こりませんが、外資出資の形態をとらず、形式上ローカル企業としてスタートする場合に多くの問題が発生します。

 ローカル企業として設立する理由は、資本金の最低限の制限がないことや外資規制から外れることで、事業活動の制約がほとんどないこと、監査が不要になることなどです。ただし、設立が簡単だからこそかえって安易な取り扱いが横行しています。特に事後問題になるのは資金の入金の仕方です。外資が資金を入れる場合、外資が投資するためのルールがあります。外資企業は最初に投資許可を取得して、その投資が認められた事業を運営するために会社を設立します。その会社に資本金を入れることになりますが、資本金口座に入金することが必要です。資本金口座に入金して初めて資本金として認められます。また、将来追加投資や長期の借入金を受け入れるためには、総投資金額を先に投資登録申請しておく必要があります。それをしていないと投資や1年超の借入ができない仕組みになっています。それによって中央銀行が外国資本の投資がどれだけされているかを把握するために規定されています。

 外資にはそのようなルールが明確にあるのですが、ベトナムのローカル企業にはそのようなルールはありません。そのため外国人が安易にローカル企業やベトナム人に資金を振り込んでしまうことが多いです。ベトナム企業に資金を提供する日本企業は、日本での会計上は貸付金として計上するものと思いますが、的確なルールに沿った対応をしていない場合に問題が生じますが、時間が経過していると解決できません。まず出資したお金であるのか、貸したお金であるのかは手続きの方法で決まります。

 出資の場合、出資したことを企業登録証明書(ERC)に記載する手続きをします。外資の場合は投資登録証明書(IRC)に記載されますが、ローカル企業はERCに記載されます。また、金銭を貸借した場合は、金銭貸借契約書が必要になります。ベトナムで有効な契約書にするにはベトナム語の表記も必要です。もしその手続きをしていないと、投資したり、貸した資金を返してもらうための根拠がありません。

 また、仮に返済されることを期待していない場合でも問題があります。日本の企業がお金を出す場合、会計処理上貸付金として計上します。しかし、返済されないこともあり得ます。その場合は貸倒引当金として処理することになりますが、貸した根拠が示せないために、不良債権のまま帳簿上では資産として残り続けることになります。結果として不良債権化した金額が寄付金課税されることになります。

 「郷に入れば郷に従え」ということはベトナム人の考えに従うことと勘違いをすると、外資系のルールでは認められない処理をしてしまい、結果として事業活動の足かせになることがあります。そのようなことにならないように私たちは日本企業のコンサルティングをしています。これらの失敗はどちらかというと海外投資の関する知識を持たない人のアドバイスにはまってしまったケースです。

,日本で頻発するコロナ支援金・給付金の詐欺

 新型コロナの影響で収益の減少に苦しむ事業者を支援する目的で行われる持続化給付金の詐欺被害が相次いでいます。コロナ禍による収入の減少で困っている人を助けなくてはいけないとの理由で、素早い給付を優先するため手続きの簡略化、さらには審査自体も簡素化されて、「ザル」とも思われる方法になっていました。

 多くの人は悪気はなかったと思いますが、給付金は誰でももらえるものと唆されて、申請に加わった人も多かったのではと思います。このような時期だから国が援助してくれるんだと申請者の多くが罪の意識がなかったのでしょう。申請しなければ損だという意識にもなったのでしょう。そのような意識でよく調べもしない人が、甘い言葉に誘われて罠にかかってしまいます。悪意を持った元締めになる人が、それらの人たちを利用します。元締めになる人は最初から悪意をもって、何も知らない主婦や学生を唆し、給付金申請をさせて手数料を稼いでいるのです。申請者の数が増えれば被害額が9億円になるケースもあるようです。

 季節的作業のように数か月稼いだ後で、仮想通貨に替えて海外に逃亡をするのが悪人の定石のようです。仮想通貨に替えるのは足がつかないためですが、連絡の方法も工夫しています。メッセージも履歴の残らないテレグラムを使うなどしているようです。テレグラムとはロシア人技術者が2013年に開発し、現在はテレグラムメッセンジャーLLPが運営しているチャットツールですが、音声通話、ファイル交換もできて無料アプリということもあり、現在全世界で4億人のユーザーがいるともいわれています。無料で利便性が高く、利用履歴が残らないことから特殊詐欺や闇バイトに使われることが多いようです。悪意のある人は事前に足がつかないための知識があります。悪意のない人の特徴は、人の話を確認もせず信用してしまうのが特徴です。自分で調べる癖をつけることは、このような時代を生きていく上では重要だろうと思います。いつでも損をするのはそんな人たちです。

 悪意のない一般人でも、だれでももらえるものなら給付を受けたいという気持ちになるのはわからないではありません。楽をしてうまくいくことは落とし穴がありそうです。事情も分からず、自分で調べもしないで、人の言うことを鵜吞みにすることは、最初にお話ししたベトナム人の言うことを全部信用した日本人経営者にも通じることです。

 それにしても日本政府は日本に住んでいる人には優しい政府です。簡単に給付金を出したり、手続きも簡単にしたり優しさにあふれていますが、あとで穴埋めするのは税金からです。日本に住民票のない私は、日本の空港でワクチン接種の機会をいただいただけで、一銭も政府からいただくことはありませんでした。ベトナムでの事業もコロナ禍で従来の事業ができなくなりましたが、発想の転換で一か八かの新規事業によって、減収分を補うことができました。私からすると誰にも助けてもらわずに危機を乗越えられたことは、わずかながら自信になりました。本当は誰の助けを受けなかったわけではありません。功労者は弊社のスタッフです。彼女たちには相当助けられました。

3,性善説を取るべきか、性悪説を取るべきか?

 事業の運営をしていると人に対して、性善説に立つのか、性悪説に立つのかは微妙な判断が必要なことがあります。私の場合、基本的には性善説に立って人と接することは多いと思いますが、微妙な判断が必要な案件には距離を保って対応しています。

 性善説を唱えているのは、古代中国の思想家の孟子(もうし)です。人間の本性は善であり、悪は物欲の心がこの性に覆われることで生ずる後天的なものとする考え方です。その逆に荀子(じゅんし)は、人間の本性は悪とする性悪説を唱えました。人間の本性には悪が存在するため、放置しておくと社会そのものが成り立たなくなると考えます。そこで重視するのが「教育」です。守るべき規範を定めて、それをしっかり教え込むことで社会が守られると考えます。

 相反する二つの考え方がありますが、どちらか一方だけで物事は考えられないものです。私のベトナムの事業の中で不動産管理の業務があります。日本人のオーナーが購入したコンドミニアム(マンション)に客付けして、そのお客様から毎月の賃料を預かります。弊社のスタッフがそれを管理しています。結構多額のお金を預かりますから、チェック体制は重要です。これは性善説に立つのか、性悪説に立つのかという問題ではありません。そもそも人間は生まれながらにして、人に喜んでもらいたいと考える人は多いでしょう。でも何かのはずみで、してはいけないことをしてしまうことがあります。悪意がなくても間違ったことをしてしまうこともあります。人から唆されてしまったり、本当に困った時にあとで解決しようと考えていても雪だるま式に問題が蓄積することもあります。

 アメリカの経営学者のダグラス・マクレガーは、組織で働く人々の動機づけにかかわる二つの対立的な理論を取上げています。X理論は、「人間は生来怠け者で、強制されたり命令されなければ仕事をしない」との考え方です。Y理論は、「仕事をするのは人間の本性であり、自分が設定した目標に対して積極的に行動する」という考え方です。そのような考えの人は仕事が嫌いということはなく、条件次第で責任を受入れ、自ら進んで責任を取ろうとするとします。X理論に立つ場合は、内部統制を強化して、管理監督を強めなければなりませんが、Y理論に立つ場合は自主性や意欲を重視して働きやすい職場にする必要があります。一定の内部けん制体制やチェック体制は必要でしょうが、やりすぎて息苦しい職場にしないように自主性や創意工夫が生まれる職場にもすることも同時にする必要があります。いずれにせよ、性善説、性悪説の両面とも取り入れることが必要ということでしょう。

4,マズローの欲求5段階説について

 給付金詐欺の話をしましたが、多くの人は人をだましてお金を儲けても幸せにはならないと思っていることでしょう。ここで紹介したいのは、「マズローの欲求5段階説」です。有名な心理学の学説ですので知っている人も多いのではと思います。アブラハム・マズローはアメリカの心理学者です。マズローは、「人間は自己実現に向かって絶えず成長する生きものである」と仮定し、人間の欲求を5段階に理論化しました。一つ下の欲求が満たされると次の欲求を満たそうとするのが人間の心理的行動としています。

 第一段階が生理的欲求です。生きていくために必要な基本的・本能的な欲求のことです。「食欲」「排泄欲」「睡眠欲」など、これが満たされなければ生命の維持もできません。普通の動物でもこのレベルの欲求を満たそうとはします。

 第二段階は安全欲求です。安心で安全な暮らしへの欲求を指します。病気や事故を防ぐ安全対策を講じるのも人間の特徴です。幼児は特にこの欲求が強いとされます。

 第三段階が社会的欲求です。友人や家庭、会社から受け入れられたいと思う欲求です。集団への帰属や愛情を求める欲求で、学校生活をするようになるときにこれらの欲求を求めるようになります。この欲求が満たされないことで引きこもりやいじめなどの問題が発生します。

 第四段階が承認欲求です。他者から尊敬されたい、認められたいと願う欲求を指します。名声や地位を求める出世欲もこの欲求に当てはまり、自身の心の内的な部分を満たしたいという欲求です。この欲求が満たされないと劣等感や無力感などの感情が芽生えます。

 第五段階は自己実現欲求です。自分の世界観・人生観に基づいて、あるべき自分になりたいと願う欲求を指します。自分の可能性の探求、自己啓発、創造性の発揮など自己実現の欲求に突き動かされる状態です。マズローは最初の4つの段階の欲求を「欠乏欲求」、第五段階を「存在欲求」とまとめていますが、第五段階に到達できる人は数少ないとしています。

 足りないものを求める欲求は、人間としては当然の欲求だろうと思います。給付金を受け取って少しでも生活の足しにしたいというのは誰でも思うことでしょう。ただそれが社会的に認められることなのかどうか、人から称賛されることなのかどうかを立ち止まって考えられるかが人としての価値を表していると思います。それを踏み外すと社会的欲求も安全欲求も失うことになります。軽はずみな判断で当然の欲求を失いたくないものです。最終的に本当の楽しいと感じられるのは、自己実現欲求の段階に到達した時かと思います。あるべき自分を想定し、それに努力できているときが人として一番幸せかもしれません。

,「美輪明宏 愛のモヤモヤ相談室」から感じたこと

 マズローの理論を見てきましたが、自己実現の欲求に向かっていける人は、ほかの人にはない魅力を持てることになると思います。私が思わず見入ってしまったのが、NHK(海外なのでNHKプレミアム)の「美輪明宏 愛のモヤモヤ相談室」でした。親との確執、離婚問題、子育ての悩みなど人間関係や異質な性格に悩む人からの相談や悩みに対して、美輪明宏がアドバイスをする番組です。

 ほとんどがどう考えたらいいか分からない内容だったり、適切なアドバイスなんかあり得ないような質問です。私にはどのようなアドバイスを与えたらいいかの見当もつきません。その中で美輪明宏は的確なアドバイスを与えています。的確というのは的を射た表現ではないかもしれません。美輪明宏が半生の中で貫いてきた彼自身の姿勢を悩みを抱えている人に伝えているのかもしれないと思いました。

 美輪明宏の生い立ちを調べてみると、長崎で5人兄弟の二男として生まれて、原爆にも遭い、その原爆の影響で父に事業が破産し、厳しい子供時代を過ごしたようです。それでも好きな音楽を勉強するために15歳で上京して、ゲイバーやバーテンとしてアルバイトをして、努力しながら何とか生活をしていたようです。その後、シャンソン歌手となっていくのですが、国籍、年齢、性別不詳として売り込み、徐々に支持を得るようになりました。特に著名な作家たちから圧倒的な支持を得るようになりました。三島由紀夫、吉行淳之介、大江健三郎、野坂昭如、遠藤周作などの作家です。その後、寺山修司の劇団天井桟敷の演劇「毛皮のマリー」に出演するなど活躍の場を拡げていきました。特に江戸川乱歩原作、三島由紀夫脚本の「黒蜥蜴」は、美輪明宏の代表作として知られています。歌手としては「ヨイトマケの唄」が有名で、2015年の「紅白」にも出場していました。

 そんな美輪明宏ですが、あるべき自分になりたいという欲求を誰よりも追求した人なのでしょう。美輪自身LGBT(レズビアン・ゲイ・バイセクシャル・トランスジェンダー)であることはよく知られていますが、それを貫き通すことも大変だったでしょう。また、貧しいながらも自分のやりたいことを貫き通すことも、普通の人にはできないことでしょう。また、一時の成功に溺れて満足してしまわないことも理想の高みを持っているからでしょう。あるべき自分になるために屈しない精神とその逆境を乗り越えてきた経験の蓄積が、「愛のモヤモヤ相談室」での鋭く的確なアドバイスになっているのではと想像します。

 美輪明宏を見ていると、貧しい中で生理的欲求を満たすことにも真剣に取り組むしかなかったものと思います。貧しいながらもそれを乗越え、安全の欲求、社会的欲求、承認欲求を着実に積み上げ、欲求の高みを着実に獲得しました。そして自己実現欲求にも到達し、人生に自信を持っているのでしょう。あるべき自分になるためには、貧乏も特殊な性癖もが力になります。普通を目指すのではなく、あるべき自分を実現する過程こそが人生かもしれないと思わせてくれた番組が、「美輪明宏 愛のモヤモヤ相談室」でした。

以上

投稿者プロフィール

西田 俊哉
西田 俊哉
アイクラフトJPNベトナム株式会社・代表取締役社長。
大手生命保険会社に23年の勤務を経て、2005年に仲間とベンチャーキャピタル・IPO支援事業の会社を創業し、2007年に初渡越。現在は会社設立、市場調査、不動産仲介、会計・税務支援などを展開。