世界のインフレ要因とデフレ日本脱却の道

1, 日本のインフレは円安が要因

 日本では毎月毎月多くの品目の値上げが続いています。給与の上昇がない中で生活費の上昇に困っている人も多いでしょう。日本の物価の上昇の理由はわかりやすいです。急激な円安により、輸入価格が大幅に上昇しているからです。特に日本の食料自給率が2021年の統計では38%(カロリーベースでの試算)です。以前より多少改善をしていますが、ほかの諸外国に比べ低い水準です。そのことは日本の食料の62%を輸入に頼っているということです。円が30%以上も値下がりしているということは、食料品の価格が上昇するのは当たり前の現象です。円安が続く以上一旦上がった物価が下がることはないでしょう。

 日本は円安ですので輸入品が上がるのは当然ですが、ドル高の米国やヨーロッパは日本よりも急激なインフレになっています。米国をはじめヨーロッパでもインフレを抑制するために、金利を引き上げることでインフレ退治の政策をとっています。輸入価格が大幅に上がっている日本の物価が上がるのはわかりますが、輸入品の価格が下がっているはずの米国のインフレがなぜ起こるのでしょうか?

 なかなか難しい問題ですが、このことは経済の潮流が変わり始めていることを著しているのではないかと思います。米国やヨーロッパの物価上昇の要因と日本の要因は異なりますが、日本は円高になったとしても、米国などのインフレ要因も組み込まれて、当面インフレが続くのではと予想しています。その意味でいうとデフレ大国日本は、ようやくその名前の終焉を迎えるのだろうと思っています。日本以外の国は、物価も給与も徐々に上がっていましたが、日本だけは物価も給与も上がらないデフレ均衡を保っていました。物価が上がり始めたので給与もこれから上がるのでしょうか?

2,世界のインフレは生活変容による供給不足が要因

 ところでインフレには二つのタイプのインフレがあります。コストプッシュインフレとデマンドプルインフレです。コストプッシュインフレは、コストが上がるから物価が上がるということで、今の日本がまさにその状態です。デマンドプルインフレとは、人々の購入意欲が旺盛なために価格が上がることです。日本の高度成長期の物価上昇はこれが要因です。米国がこれに当てはまっているかというと、人々が旺盛に物を買おうとしているわけではないようです。コストが上がるのは一部労働賃金の上昇はあるようですが、それで急激なインフレは説明できません。主な要因は供給が不足しているためと言います。

 供給不足の原因は何なのでしょうか?食料やエネルギーなどの供給量に支障が出てしまっています。ロシアのウクライナ侵略の影響かもしれません。確かにその要因はあると思いますが、インフレは2021年から始まっていると、統計の数字に表れています。世界のインフレにはこの戦争以外の要因が影響していると考える必要がありそうです。

 その要因とは何かをネットの記事や「世界インフレの謎」渡辺 努著(講談社現代新書)などで調べてみると、コロナ禍による人々の生活変容が影響しているとの考え方があります。コロナ禍の生活変容とは、ソーシャルデスタンスや在宅勤務など人との距離を取る考え方が定着したことです。特に働き方は在宅勤務が定着しました。逆に在宅勤務が不可能な人の離職が大幅に増えたといわれています。在宅勤務できない農水産業、製造業、物流、小売りなどの事業の離職者が増えたのです。そしてコロナが終わろうとしていても元には戻らなくなっています。各企業もそれらの人員を確保するために賃金を上げなければ人が集まらなくなっています。

 さらにコロナ禍では世界のサプライチェーンが寸断されました。たとえば中国やアセアンの工場で生産された部品が調達できないので、日本の自動車の製造ラインを止めたということもありました。物流の混乱や調達先の変更により、調達に関する費用は大幅に上がってしまいました。合わせてエネルギー価格の上昇で輸送コストも上がりました。

 それまでの経済はグローバル化が進んでいました。部品などは品質が悪くなく、最も低いコストで調達できる場所を探し、そのサプライチェーンによって成り立っていました。それがコロナ禍で少しコストは高くても安定して供給できる先に変わろうとしています。合わせて地政学的リスクも顕在化しています。政治的な問題が発生する可能性のある国を避ける傾向が出始めています。それらコロナ禍に顕在化したリスクを避けるための生活の変容、経済の変容がインフレの原因になっているといわれています。

3,世界で進み始めている景気後退の足音

 急成長の体表格だった米国のIT大手の7~9月の3か月の決算が10月の終わりに発表されていました。それによるとアップルがかろうじて増益を確保した一方で、メタ(フェイスブックから社名変更)、グーグルなどがインターネット広告の減少で減益になり、さらにマイクロソフトもパソコンの需要が低迷し利益が14%も減少し、アマゾンも記録的なインフレの影響で物流費や人件費の高騰で利益が8%減少したとのニュースが流れていました。その後、メタが大幅な人員削減を打ち出し、イーロン・マスク氏による買収が完了したツイッター社も大量の人員削減を打ち出しました。

一方、私が住んでいるベトナムでも経済の減速に関するニュースを目にするようになりました。私が3年ほど前からコラム「ベトナムエラー通信簿」を掲載している月刊誌「ACCESS」では、次のようなニュースの日本語翻訳が掲載されていました。特にベトナムでの影響は出始めているのは、米国、欧州に輸入する消費財を製造している企業です。

 ホーチミン市で有名ブランドの靴を製造している企業は、大口注文が打ち切られ、稼働が30%下がり、3000人の従業員の仕事がなくなった。この会社は当局に1400人の従業員の解雇案を提出したがいまだ回答は出ていない。そのほか、縫製業、木材加工、電子部品などの工業で旧正月(テト)休暇を1か月以上にするとか、退職勧奨を強化するなど、あちこちの企業が受注減少の対策に追われているようです。企業はベトナム系だけではなく、台湾系、韓国系、日系などにも拡がっており、それらの企業に出資先の国にも影響が及ぶものと思われます。

 多くの企業に人員削減の動きが出ており、1000人以上を削減する企業も出始めているようです。ホーチミン市雇用サービスセンターによると、失業保険の申請をする人が毎月増え続けており2022年10月までに13万人近くの失業者が発生したとしています。

 この要因はベトナム国内の事情ではなく、欧米の受注が減少していることが要因ですが、それによってベトナムやアセアン諸国でも今後それぞれの国の経済の低迷に波及していくのではと思われます。欧米からの受注の減少は、来年の消費が大きく落ち込むことを予想してのものです。簡単な解決策を見出すことはできません。それにより、ベトナムなどの新興国も影響が出始めているようです。

4,「総合経済対策」はなぜ批判されたのか?

 一方で日本でも急激な円安による経済への影響が出ています。岸田内閣は、「総合経済対策」を打ち出しています。ところが、それに対する批判の声が出ています。経済同友会の桜田代表幹事は、11月4日の記者会見で「事業規模が71兆6千億円程度になる総合経済対策について他の先進国の状況を見ると明らかに過大で異常。財源についても全く触れられていない」と指摘し、「財政規律を棚上げした規模ありきの対策だ」と苦言を呈したとの記事がありました。

 なぜこのような批判が出てくるのかを考えてみたいと思います。第一は財源が提示されておらず、考えられるのは税収がそこまでない以上、赤字国債によって調達することが見込まれるからです。赤字国債とは一定期間が経過したのちに返済する約束をした借金です。問題を将来に先送りすることになるからなのでしょう。

 第二がアベノミクスの経済政策はお金を大量に供給することで、お金を借りやすくする政策でした。長年の緩和のための国債発行の対応で、日銀が金融引き締めをする柔軟性を失っているのです。金融引き締めしたら円安で弱っていて、コロナ支援の返済を控えている企業はバタバタと倒産してしまいます。今回の対策はその二番煎じと見える政策なのでしょう。

 日銀が市中の国債を買い取り、また日本企業の株式を保有しています。日本企業の株式保有の筆頭は日銀です。更に年金運用の厚労省所管の独立行政法人GPIF(年金積立管理運用独立行政法人)のポートフォリオは国内債券25%、国内株式25%となっております。日銀やGPIFのお金を使って日本経済を支えていた構図です。言い換えれば日本人の借金と年金資産で景気を支えていたのです。日銀が利上げできない理由は利上げすると国債の金利負担が莫大になり、年金運用も傷がつく可能性があるからではないかと思います。

 第三は、将来の日本をどうするかの視点がないからだと思います。困っている人が多いから給付を与えることばかりしたら、国民は苦しければ政府が助けてくれると思い、変革の努力をしなくなります。私は日本がデフレになってからの30年間のうちの半分を海外で暮らしています。日本ではほとんど変化することなく現状維持のままで時間が経過していることを感じます。物価も変わらない、給与も変わらない国は日本くらいです。これから先、日本企業や社会をどの方向に育成していくかの視点と、それに向けた資金の活用をしなければいけなくなっています。

5,日本人と日本企業のデフレマインド

 「総合経済対策」が一部で批判されていることを話しましたが、ざっくりとした言葉を使うと小手先の対策しかしていないとのことです。日本はもう本格的な改革をしないと、どんどん先進国から滑り落ちていく危険が増しています。賃金も上がらないから物価も上げられない、転職したらますます条件が悪くなるので一つの会社にしがみついている、大企業は環境変化が怖いので新たな投資をするよりは内部留保を増やしている。このようにデフレマインドの状態では、人々の気持ちは前向きではなく、後ろ向きの発想に陥ってしまっています。

 デフレマインドとは、ガソリンが上がっているので、なるべく外に出ないようにしよう。食品価格が上がっているのでなるべく安いものを買おうなど、生活防衛のために消極的な考え方になっていくことです。企業も人件費や設備投資を抑えて価格転嫁しないようにしています。そのことでますますデフレ傾向が強くなります。

 私が生活しているベトナムではその逆で、毎年物価も上がるけど給与も上がる、労働者は給与水準がより高い企業に転職する。また、より高い給与をもらうために必要な勉強など自分に投資をする。自分に投資をするので消費も堅調に推移して企業も新しい投資に目が向いていく、そんな流れを感じます。いいことばかり話しましたが、スキルがないのに転職して失敗するケースや企業の不動産投資で問題が起こり始めているというマイナスの面も出始めているベトナムではあります。全部が順調というわけにはいかないのは当然でしょう。

 日本はこのデフレマインドからの脱却をする必要があると思います。そのためには今回の円安に伴うインフレの対処の仕方が重要だと思います。物価高の生活費の支援ではなく、賃金引上げ対策や物価高に困っている人たちの新しい挑戦にサポートできるような施策が必要ではないかと思います。高齢化社会が進行する中で、人生100年時代という言葉もあります。年をとっても社会に参加する必要があります。人生一生涯勉強したり、新しい産業の担い手になったりする必要があり、努力の機会は永遠にあります。努力できることは楽しみでさえあります。

6,日本の新しい成長モデルとは?

 経済成長とは、新しい需要が創出され、それを満たすために設備投資が行われ、その結果雇用や所得が増えることを言います。世界の人が欲しいと思うモノやコトを創造することは欠かせません。ところで私が最近人から進められて買ったのが、電子書籍端末のアマゾン・キンドルとUN BLOCK TV「U BOX9」です。これは海外のTV番組をインターネットから受信する端末です。アマゾンは米国、TV装置は中国製です。海外にいるとインターネットビジネスでの日本の存在が徐々に低下していることを感じます。ベトナムで売られているスマホはもう日本メーカーの製品が見当たらなくなりました。

 そのような電子機器を使うようになると確かに生活に潤いは出てきます。60代の者が新しい電子機器を使うことで、楽しみを発見できています。日本の特徴を生かして、新しい需要を創出できないかを考えています。まず、日本は世界で先頭を走る高齢社会ですので、シルバー産業で新しい需要を生み出せないでしょうか?将来はどの国も高齢社会になるので、日本で成功したサービスは輸出できるようになります。また、地震や台風や噴火なども多い日本は、防災商品を生み出せる環境にもあります。地球温暖化の影響もあり、災害は世界に増えていく中で、それも新しい産業にできる可能性があります。

 また、日本の防衛上の弱点は、食料自給率が低すぎることです。食料の自給率を高める産業の育成は急務です。防衛費の議論ばかりが多いですが、食料自給率の上昇は日本を守ることにもなります。更に日本は水資源が豊富な国です。地球環境の変化で将来の水不足が戦争のきっかけになるだろうという人もいます。実際中国でも水不足が懸念され、円安日本の水源地の不動産を外資が買っているような話もあります。

 最後にもう一つ重要なのは、必要な新しい産業に人材を異動させることです。日本の年功序列賃金は人材の流動化を抑えていました。そのことも長いデフレの要因にもなっています。新しい産業を生み出すことよりも雇用を守るのが企業の第一の役割になっていました。それにより必要な産業に労働力が移動しませんでした。労働力不足の産業は、海外の技能実習生のその役割を求めていました。しかし、円安日本では徐々に減っていくでしょう。自国で就職したほうが儲かるようになっています。日本では改革しなければならないことはたくさんあります。日本のお金は日本を変えるために使ってほしいものです。

以上

投稿者プロフィール

西田 俊哉
西田 俊哉
アイクラフトJPNベトナム株式会社・代表取締役社長。
大手生命保険会社に23年の勤務を経て、2005年に仲間とベンチャーキャピタル・IPO支援事業の会社を創業し、2007年に初渡越。現在は会社設立、市場調査、不動産仲介、会計・税務支援などを展開。