労働生産性と海外進出の相関を考える

2022年12月16日

1,FIFAワールドカップ日本代表の活躍から思うこと

 男子サッカー日本代表チームのワールドカップ(以下、W杯)での活躍は、日本人に勇気と希望を与えているようです。サッカーが大好きなベトナム人たちは、日本が勝つと私に「おめでとう」と言ってくれます。ベトナム人はW杯に高い関心を持っています。オリンピックは放送が少ないですが、サッカーW杯は全試合実況での放送があります。残念ながらクロアチア戦にPK戦の結果敗れて、ベトト8の目標は果たせませんでしたが、海外にいるとサッカーの関心は高いので日本代表の活躍には誇りを感じます。

 ところで今回の考えてみたいと思ったのは、以前の日本代表に比べてかなり強くなっているのではと思うことです。考えられるのは、代表選手の身体能力や技術力が上がっていること、多くの国民の関心が高くモチベーションが上がっていることなどが考えられますが、これだけでは十分な説明がつきません。

 そこで思いつくのは日本がW杯に出場できるようになったのは1998年フランスで開催された大会でした。この時はアルゼンチン、クロアチア、ジャマイカのグループで闘い3戦全敗でした。それまでW杯に出場できなかった日本が出場できるようになったのは、1993年に開幕したJリーグの創設がその理由として挙げられました。その時の中心選手だった中田英寿、川口、名波、中山、城などの選手が出場していました。この時カズは、岡田監督の判断で代表から落選していましたね。

 その時から何が変わったかというと、1998年のW杯の活躍が認められたのが中田英寿が海外に渡り、イタリアのセリエAでプレーするようになったことから変わり始めました。以前には少数の選手が海外に移籍したことがありましたが、今のようにたくさんの選手がヨーロッパのチームに移籍するきっかけはこの中田英寿からだったように思います。そして2022年のワールドカップは、GKの権田や長友のように最近Jリーグに復帰した選手はいますが、多くの選手がヨーロッパのチームに所属しています。W杯に出場するような世界を代表する他国出身の選手たちと日々切磋琢磨しているのです。日本が強くなったのは世界レベルの戦いの場に身を置いているからではないかと私は思っています。能力を上げるために世界を知ること体験することは必要なことだと思います。

2,日本の労働生産性はなぜ低いといわれるのか?

 W杯出場の日本選手の能力が上がっている話をしましたが、一方でそれと正反対のことが起こっています。日本の労働生産性は先進7か国では1970年以降最下位が続いているといわれます。なぜ日本の労働生産性が低いといわれるのでしょうか。そもそも労働生産性とは、インプットした資源に対して、どれだけのアウトプットが生まれたかを表す指標です。インプットとは投入した労働力、業務にあたる従業員数や時間当たりの労働量を指しています。アウトプットは売り上げや利益になる付加価値をどれだけ生んだかを指します。

 日本の労働生産性が低い理由は比較的単純です。付加価値を生み出す力が弱いこと、また一つの仕事に関わる人が多く、時間をかけすぎていることです。ただ、ベトナムと比較するとコンビニなどの店員は日本の方が圧倒的に少ないのですが、日本の方が処理のスピードは早いことを感じます。これだけを見ると日本の労働生産性が高いと思います。それなのになぜ日本の労働生産性が低いといわれるかを考えると、ホワイトカラーと呼ばれる人たちの働き方にその要因がありそうに思います。

 ではなぜ日本ではこのような状態になってしまうのでしょうか?日本企業の問題を解決するためには、その原因がどこにあるかを知る必要があります。そのためには、労働生産性の高い国と比較してみる必要があります。例えば労働生産性が高いドイツでは、年間の労働時間が日本より350時間も短いそうです。企業も残業を求めません。残業を強要することは人権侵害の考え方もあり、罰金や禁固刑などもあるようです。時間内労働で成果を上げる考え方が定着しています。日本は無駄にしている時間が長いということでしょう。あるいは意味のない体裁を整えるための仕事をさせられていることも考えられます。

 また、日本の給与体系も影響しているでしょう。日本企業は時間給や、日給の考え方が基本になっています。勤続年数によって給与が変わる年功序列賃金も影響しているのでしょう。言い換えれば長時間働いた人が、効率よく短時間で働く人よりも評価される仕組みになっていることです。他の先進国は労働者の生産性に資する能力給の割合が多くなっています。また、能力が足りないとみなされた人が解雇される厳しさがあります。

 日本企業のもう一つの特徴は、自分で決めないでチームで決めることです。チームで連携することを求められます。それ自体は悪いことではなく、協調性のある職場にはなると思いますがデメリットもあります。ベトナムで垣間見るのは、ほかの外資企業と日本企業の決定の仕方の違いです。他の外資企業は視察に来た責任者に権限がありすぐに決めます。一方日本企業は、会社に持ち帰ってみんなで会議して決めようとします。結論を出すのに長い時間がかかります。結論を出した時にはもう手遅れになっているケースがあります。そうなるとまた一から始めなければなりません。他国の企業と競合の場合は、日本企業が負けてしまいます。日本企業は会議の時間がやたらに長いですが、とても生産性に貢献しているとは思えません。自分の責任を回避するための会議しているようにも見えます。他の国の場合は、責任を持った人に権限を与え判断させる仕組みですから瞬時に決めることができます。

 日本の場合、同調圧力が強い傾向があり、人と違うことを避けようとする傾向があります。自分がやりたいように行動すること、自分で考えて行動することが非難されることもあります。そのため新しい発想も出てきません。付加価値を上げる発想よりは、今までの秩序を守り、仲間と協調することが優先されてしまいます。面白かったのは、W杯の時に日本人観客がスタンドのゴミ回収をすることが美談として取り上げられていました。ただ、一部には海外は分業制が定着しており、ゴミ掃除は専門の事業にしている人の分野であり、余計なことをすべきでないとの意見もありました。私はごみ回収を非難する気持ちは全くありませんが、海外では分業という考えがあり、自分がしなければならない仕事と他人がすべき仕事を完全に分離しています。他人の仕事には手を出さない考えがあり、自分の専門分野で成果を上げることに徹していることが多いと思います。その面ではベトナム人もそう考える傾向は強いです。

3,ベトナムでの外国人の労働許可取得混乱の事情

 日本人の最近の状況を見てきましたが、次の話は私が直面しているベトナムでの外国人の労働の話です。最近の労働許可取得の作業現場で混乱している事例が多くあります。理由は労働許可取得のために新たな要件が追加されていることがあります。従来は、労働許可を取得するために管理者、専門家、技術者の要件のうちのどれか一つに指示された証明書を準備して申請をしていました。ベトナムの外国人労働者で単純作業の労働者は必要とされません。外国から高度の知識や技術をもたらしてくれる人を求めているのです。管理者、専門家、技術者の要件があると認められた人が、労働許可と一時的滞在カード(TRC)が取得できるのです。

 ところが、今回新たに導入されたのが、外国人採用にあたりベトナム人を採用する試みをしたことの報告、将来外国人に代わりベトナム人がその職務につけるような教育訓練に関する報告書の作成が必要になりました。それを行ったことを示した場合に、外国人の採用をしてもいいという許可を得る仕組みになりました。労働許可を申請する前の段階で、その許可を取得しなければ労働許可の申請ができなくなりました。

 その理由は、世界で起こり始めている景気低迷の気配が表れていることにあります。ベトナムから海外に輸出している消費財の生産受託が米国、欧州を中心に大幅に減少していることを聞いています。ベトナムの製造業の現場では従業員の解雇にも及び始めているようです。アメリカでの巨大IT企業が従業員の削減を始めています。2023年の定期低迷に向けた企業の防衛措置があちこちで出始めているようです。そのこともあり、ベトナム政府はベトナム人の雇用を最低限守り、不必要な外国人労働者を制限しようとしているものと思います。

 また、最近ですが外国人の医師にはベトナム語の会話ができることを義務付けようとの話題もネットニュースに出ていました。荒唐無稽な話で、発音が難しいベトナム語を話せる外国人医師などほとんどいないと想定できます。しかし、このような話が出てくる理由があるのでしょうか?それはおそらくベトナム人が被害を受けている実態があるのだと思います。例えば、外国人の医療関係者はレベルが高いとみなされますので、ベトナム人で重度の病気の人や余命が短いと診断された人が、何とかしたいと高額な医療費を払って治療しても治らないなど、ある面で日本の旧統一教会問題の高額の寄付に似たようなことが起こっているのではないかと思います。

4,日本と海外の外国人労働力確保の考え方の違い

 ベトナムでは外国人労働者には、管理者、専門家、技術者の一定の要件を満たさないものに労働許可を認めなくなっています。管理能力があり、ベトナム人労働者をたくさん雇用できる外国人か、専門的な能力があり、技術水準が高い外国人以外の許可は避けようという傾向が強くなりました。

 一方、日本は技能実習生や特定技能といわれる日本人がやりたがらない分野の労働力を補完する役割をアジアからの人材に担ってもらっています。しかし、数多くの問題が山積し、失踪者の増大や窃盗など犯罪に手を染める実習生も増えています。

 なぜそのような問題が多くなっているかというと仕組みの問題があります。技能実習生は一度着いた企業から離れることができません。転職は認められていません。どんなにひどい労働環境であっても職場を変える権利はありません。職場を変えたいときは失踪して、不法就労するしかありません。それは不法滞在になりますから、見つかれば強制送還されます。失踪をさせないためにパスポートを取り上げて逃げ出せないようにしているケースも聞いています。

 さらに生活習慣が異なりますので、ごみの分別などルールが分からないと今までの習慣で対応することで社会から白い目で見られるようになります。コミュニケーションも十分できない場合は、ますます日本人社会と敵対するようになります。ただし、転職が自由になると、ベトナム人でも給与が高くなる都市部で働きたいと考えますので、地方で人材が足りない地域はますます人手の確保に窮乏することになりますので、抜本的に制度を変えられないでいます。ただ、人権を軽んじる制度は、両国の関係にとってプラスにはなりません。

 ベトナム人の中には高度人材(技術、人文分野、国際業務)に関与できる人材を特別な在留許可で認めていますが、多くは単純な労働力を米国人で確保しています。ところがベトナムで能力が高い人は、日本ではなく米国や欧州に留学し、転職する人が増えています。自分のキャリアを積んで、成長し将来は高給取りになろうと希望を持っている人たちが欧米に向かっています。

 欧州では2012年からEUブルーカードという高資格人材などに優先的に滞在許可を与え、永住権も与える仕組みを作っています。高度人材の受け入れは積極的な一方で、移民の受け入れは制限しようという動きも強くなっています。米国でも同様でメキシコ国境から入ってくる移民や難民の入国は規制しようとしていますが、IT企業が集積しているシリコンバレーには世界中から優秀な技術者・エンジニアが集まってきています。米国もそのような人たちには積極的に居住許可を与えています。

5,欧米を追いかけていた日本人もかつては海外に移住していた

 日本は明治元年からハワイなどへの移民を進めていました。日本人の移民も実は技能実習生の制度に似ていないわけではありません。ハワイ、北米、南米と続いていく日本人移民は、広大な農園の労働力不足を補うためにまだ貧しかった日本人に夢を与えて移住を進めていました。一方移民を求めた国では、奴隷制度が廃止される中でそれに代わる労働力も必要とされていました。貧しい日本人は海外で成功することに夢を抱いていました。

 ところが米国は日清戦争、日露戦争などで日本が力をつけていることが分かると、その警戒心から日本人移民の排斥が欧米のあちこちで起こりました。ヨーロッパでもドイツ帝国のヴェルヘルム2世が提唱した黄禍論によって、日本などの民族を排斥しようとする動きが強まりました。日本人移民は白人労働者の仕事を奪うと考えられて、人種的な偏見と相まって安価な労働力で働く日本人移民を排斥しようという運動に発展しました。その動きは日本でも米国に反感を持つようになり、第二次世界大戦の流れを生んでいきました。特に第二次世界大戦時には、日系アメリカ人を強制収容所に送り込むこともされました。

 今の日本の技能実習生の問題は、かつて北米や南米で苦労した日本人の労働環境にも重なります。技能実習生制度の建前は、外国人が日本で知識や技術を学び、自国に帰ってからそれを生かし、自国の発展に貢献するための制度として作られました。ただ、実態はそのようになっているとは思えません。

 現在は第4次産業革命といわれる社会です、。IoT(モノのインターネット)、AI、ビックデータ活用にはIT技術者が必要になっています。先進各国ではそのような人材の取り合いが発生しています。ベトナムでオフショア開発している日本企業は優秀な技術者を欧米系の企業に引き抜かれて苦しんでいます。欧米系の企業の方が給料が高いからです。今の時代は優秀な人材の取り合いになっています。

 外国人の労働者は数々の不幸な歴史もありますが、自国が成長するためにも海外で活躍してその利益を自国にもたらすことは必要です。日本は現在貿易赤字が続いています。しかし、海外で稼いだ配当などの利益を加えた経常利益で貿易赤字を埋めているのが日本の現状です。

 サッカー日本代表選手たちが挙って欧州チームに移籍することは、自身の選手としての能力向上に資すると考えているからです。世界で活躍できる日本人であれば世界から称賛されて、日本人としての誇りを多くの国民が思うことでしょう。また、それは日本で活動する外国人にも言えることではないかと思います。外国人の能力と多様性が活用できる社会が日本で実現できたら、日本はもっと発展できる国になるのではないでしょうか。外国人から学べることは学び、日本人が伝えるべきことは伝えていきたいですね。

以上

投稿者プロフィール

西田 俊哉
西田 俊哉
アイクラフトJPNベトナム株式会社・代表取締役社長。
大手生命保険会社に23年の勤務を経て、2005年に仲間とベンチャーキャピタル・IPO支援事業の会社を創業し、2007年に初渡越。現在は会社設立、市場調査、不動産仲介、会計・税務支援などを展開。