外国人入国規制は現代の鎖国政策か?

1、世界の潮流と異なる日本の現状

 日本では最近相次いで値上げの発表がされているようです。コロナ禍の原材料の高騰や物流コストの上昇、原油価格の上昇などの要因が絡み合って、多くの商品が値上げされつつあります。一般家庭では給与が上がらないこともあり、経済的に厳しくなるものと思います。

 さて、昨年の9月の原稿では日本は物価の安い国という話をしました。他の国の物価は上がっているのに日本は変わっていないので、外国から日本に来ると安く感じると話しました。特に日本人の給与は2000年から2020年の比較をするとほとんど上がっていません。米国が25.3%、韓国が43.5%上昇しているのに、日本は0.4%しか上昇していないのです。日本の物価水準に関しては、世界の潮流と全く違っています。日本のように給与も増えない、物価も変わらない国は珍しいです。日本の今回の値上げラッシュは、日本が世界の潮流と同様に変化するきっかけになるかもしれません。

 ところで日本の動きが世界の潮流と違うと感じることは他にもあります。それは新型コロナの水際対策です。オミクロン株の感染急増という要因があったからですが、昨年11月からは原則外国人の入国を認めていません。2月末まで継続されることになっており、その後も継続される可能性があります。外国人の日本入国には他の国にはない厳しい制限を設けていますが、ベトナムは2022年1月以降対策が一変しました。まずは、私のような居住許可証を持っていたり、継続中のビザ(有効期限内のマルチビザ)を所有している外国人は入国申請の必要がなくなりました。それ以外の外国人の入国はまだ申請が必要ではありますが、今後変化の可能性はあります。また、ワクチン接種2回以上の証明書がある人は、3日間の自主隔離のみになりました。自主隔離とは自宅でもどこのホテルでもよいということです。3日目にPCR検査をして陰性証明書が発行されることが、その後の外出可能になる条件です。その検査で日本から入国した人が稀に陽性になることもあります。

 また、ベトナムに到着する航空便は特別便として政府の着陸許可と各搭乗者の入国承認が必要でしたが、1月以降徐々に定期便に切り替わっています。定期便の本数も拡大傾向です。2月初旬に予約をしようとした2月20日の便は満席と言われたものもありました。需要が急増していることもあって航空券代も高騰しています。特別便の価格は東京発→ホーチミン行がエコノミークラスで12万円程度でしたが、最近の定期便は17万円程度にも上昇しています。コロナ前に普通に東京⇔ホーチミンの往復で、700USD程度で買えた航空券ですが、そこまで高騰するようになりました。高騰にもかかわらずベトナムでビジネス需要のある外国人は続々と入国するようになっています。

 ベトナムがこのような方向に舵を切ったのは、多くの国民(外国人も含めて)が既に3回以上のワクチン接種が終わっていることも背景にあります。2回のワクチン接種を日本でした私でも、1月ベトナムで3回目の接種が終わりました。多くの国民の接種が進んでいるので、ウィズコロナを決断したのだと思います。日本のワクチン接種の3回目が進んでいないのは私から見ると不思議です。

2、日本入国を諦める研究者、留学生、技能実習生

 2021年11月30日から日本政府はすべての国と地域から外国人の新規入国を停止しています。G7主要7か国(米、仏、英、独、日、伊、加)の中でも突出した厳しい水際対策です。その結果、海外ではどのようなことが起こり始めているかを伝えます。1月27日金融経済や放送事業なども手掛ける米国大手企業BLOOMBERGの記事では、「厳格な水際対策で留学生が続々日本離れ、国益を損なうとの見方」という記事が配信されていました。

 来日を希望していた研究者や留学生は日本への留学から変更するなどの対応に迫られていると報じています。オランダ人のフィサー氏の留学先を日本から韓国に変更する動きが紹介されています。1月18日には世界の研究者や大学教員が岸田首相にあてた書簡で、水際対策の早期緩和を求めています。その中では、研究者や留学生は観光客と異なり、「日本社会に貢献するために多大な時間と労力を費やしてきた人たち」だとして、入国制限が「国際社会との関係に悪い影響を与えて日本の国益を棄損している」と訴えています。全寮制のインターナショナルスクールでは、日本のキャンパスで学ぶ予定だった学生をタイなど他国の加盟校に移籍させて、日本への留学を断念したと伝えています。

 日本の労働力不足を実態として補っていたのは技能実習生です。技能実習生もこの2年間新規で渡航ができていません。日本に行く予定の技能実習生は多くの人が田舎から出てきて、お金を払って日本語を一定期間勉強しています。その費用は日本に3年間働きに行くことで回収していました。ところが支出だけ発生して収入は得られていません。日本に行く予定の実習生も長い期間収入がなく、授業料を払い続けるわけにはいかないので、他の国の渡航に切り替えたり、渡航自体を諦め国内で働くことを選ぶ人も増えています。

 日本以外のG7諸国はワクチン接種証明書や渡航前のPCR検査での陰性証明があれば新規入国を容認しています。また、日本は一定期間の待機も求めますが、待機期間がない国も多くあります。少子高齢化の進展の中で労働生産人口が急速に減少する中で、一時外国人に頼っていた日本ですが、感染拡大の恐怖から外国人の入国を排除することで感染の恐怖を避けようとしています。この非寛容の姿勢を続けていくならば、日本と世界の懸け橋になり、日本を共に創っていくパートナーとなる可能性のある外国人を失っていくと警鐘を鳴らす人もいます。楽天の三木谷社長は「今更、新規外国人を入れないことに何の意味があるのか?判断があまりに非論理的すぎる。日本を鎖国したいのか?」とツイッターで批判しています。

3、鎖国のメリット、デメリット

 三木谷社長のツイッターで「鎖国」と言う言葉が出てきたので、徳川幕府の鎖国政策を簡単におさらいしておきましょう。鎖国政策を確定したのは三代将軍の家光の時代です。徳川幕府の鎖国政策は1639年から1853年まで200年以上も続きました。ではなぜ鎖国政策を取ったのでしょうか?

 第一の理由は、徳川による支配体制を強固にするためです。家光がそれを揺るがす存在として捉えたのがキリスト教でした。キリスト教はイエス・キリストを崇めますが、その当時のキリシタンはギリシャ神話の最高神であるゼウス様と言っていました。家光にしたら将軍より偉い神の存在です。そのためキリスト教を信じる者は将軍を軽んじ、幕府の体制を揺るがす可能性があると考えました。

 ちょうどその時期に天草領主だった寺沢氏と島原領主の松倉氏の圧政に反抗し、天草四郎(益田時貞)を総大将とする島原の乱が発生しました。その時に幕府を支援したのがオランダの軍艦でした。オランダの軍艦の発砲でこの乱は平定されました。幕府は乱平定後、キリシタンの弾圧を図るために全国で宗門改めを行い、現在の檀家制度あるいは戸籍の元になる個人情報や思想信条を管理をする仕組みを作りました。

 第二の理由は貿易の利益を幕府が独占するためです。貿易による利益は莫大でした。その頃の幕藩体制においても貿易が可能だった島津藩や松前藩などは豊かな財政を誇っていました。島津藩は琉球、松前藩はアイヌとの交易が盛んでした。貿易は利益を得られますが、幕府が管理するため取引を長崎・出島に限定しました。その際にはキリスト教の普及と貿易を兼ねて宣教師を送っていたポルトガル人には布教できないようにするために出島は作られました。貿易だけして布教活動をさせないための隔離目的です。その後、ボルトガルとの取引は禁止され、キリスト教の布教をしていなかった新興国オランダだけを認めることになりました。しかし、オランダ人もポルトガル人を追放後は出島に隔離されるようになりました。幕府の権力はこれ以降強大なものになっていきました。ただ、オランダ以外に明(中国)との交易は継続されていたようです。

 鎖国によって国に与えるメリットはあります。それは他国の戦乱に巻き込まれないこと、自給自足の経済を育成できること、日本固有の文化が創造され、浮世絵や歌舞伎が育ったなどがあげられます。極東の島国として独特の文化が築かれたことは、日本を魅力的な国にした面はあります。

 逆にデメリットと考えられることもあります。他との交流がなくなるわけですから、世界の進歩や文明を取り入れることはできなくなります。産業革命の時期を迎えつつあった世界に対して、日本は取り残されることになりました。産業が育成されたヨーロッパの国々は、世界各地に進出し、植民地も作っていきました。日本は世界のそのような変化にはついていけなくなりました。もし鎖国をしていなければ今と違った日本の歴史があったのかもしれません。

4、2022年1月1日地域的な包括経済連携協定(RCEP)発効

 コロナ水際対策が鎖国的だという話から、徳川時代の鎖国制度の話を持ち出しましたが、現実の日本経済の動きは一段と国際連携が深化しています。2022年1月1日、ある経済連携協定が発効しました。日本を含めた15カ国が参加する「地域的な包括経済連携協定(RCEP)」です。1月1日からはまず10か国で発効しました。10か国とはブルネイ、カンボジア、中国、日本、ラオス、シンガポール、タイ、ベトナム、オーストラリア、ニュージーランドです。2月1日からは韓国との協定も発効しました。残りの4か国(インドネシア、マレーシア、フィリピン、ミャンマーも批准書を寄託した段階で発効することになります。

 日本にとってどのような意味があるかというと東アジア、アセアン、オセアニアの近隣主要国との経済協定ですので、日本が貿易や委託製造に関係する国の多くが含まれることです。また、それらの国と取引する時には関税が大幅に安くなることです。日本は中国や韓国との自由貿易協定がありませんでした。JETROの説明ではこの協定によって無税品目は中国の場合、8%から86%になり、韓国の場合19%から92%になるようです。

 これだけではありません。サプライチェーンの再構築が可能になります。2国間の取引以外の3カ国以上に跨ぐ取引の場合は、連携したこの協定の恩恵が受けられます。例えば中国の繊維(原材料)を使い、ベトナムで縫製(加工)を行い、最終的に日本に輸出する場合、今回の協定の利用価値が高くなります。今までの二国間の自由貿易協定では、中国の材料を使いベトナムで加工した場合、ベトナムの原産地証明が認められない加工基準と判定され、原産地証明が発行されなければ、二国間協定の有効性は得られませんでした。しかし、RCEPで中国もベトナムも日本も一つの経済協定で結ばれるので、協定締結の関係国であれば関税が優遇されます。しかし、この協定のおかげで原産地証明の規則も緩やかに運用できるだろうと聞いています。

 特にこの地域に関連性の高い製造業の恩恵が大きくなります。農産品加工・食品加工業、電子部品加工業、自動車関連業、縫製業などは、この地域で原材料の供給と加工、貿易をしている場合が多いので効果が大きいと言います。日本経済は今後ますます東アジア、アセアン、オセアニアとの連携が強まっていくことになると思います。これらの地域と密接にかかわり、日本企業も進出が盛んなこの地域の経済連携が進むことで、日本の経済効果が一番大きいとJETROの資料には出ていました。コロナ対策では鎖国状態になっていますが、経済では近隣諸国との関連をますます強めているのです。

 ベトナムに進出している日系製造業の方に聞いても、この協定には大きな期待を寄せています。ひとつの国だけではすべての原材料を調達できず、近隣から調達して製品を作っているからです。まだベトナムでは各地域の関係当局がこの内容を詳しく知らず、手続きが進まない状態にはあるとの声がありますが、今後時間の経過と共に変化していくものと思います。

5、日本社会の将来の青写真を描く必要性

 コロナ禍における日本の厳しい外国人入国規制の話、RCEPという近隣諸国との経済連携協定の話をしてきました。ただ、何が良い悪いとの話ではありません。それぞれ一方を立てれば、一方に歪が起こります。今だけのことを考えての対策をしていると歪が先送りされ、状来の問題は大きくなっていることでしょう。そこまで踏まえた社会の将来の青写真を描くことがを大切だと思っています。

 鎖国のところでお話したように従来からあったものを排除する場合、強力な権力が必要です。その点で徳川幕府三代将軍家光はかなり権力を構築できていたのでしょう。良くも悪くも強力な権力がないと今までの秩序を変える変更はできないものです。その鎖国政策によって世界のどこにもない文化が発展したことは悪いことではないと思います。しかしながら、鎖国から200年後、産業革命や植民地政策で力をつけた西洋列強や米国が日本に開国を迫り、結果として徳川幕府が持たなくなってしまったことは歴史的事実です。200年以上も続いた政策ですが、長い時間を経ると社会は水の流れのように進むのです。

 以前、経済学者小幡績氏の「新しい中世」の話をしたことがあります。資本主義がグローバル化、世界市場の一体化、膨張の世界であったのに対して、「新しい」中世はローカル化、多様化からの独自化、持続的な安定状態の世界となるとしています。イノベーションの名のもとにぜいたく品を次々作り欲望を刺激した時代から、必需品の繰り返し利用からの改善と改良により質の高い必需品に囲まれた世界になるという話です。そのような社会への転換のためには外国人に頼らないで、自給自足、自衛できる社会への転換を進める必要があると思います。行き過ぎたグローバリズムよりも自国の地力をつけたほうが結果的には未来は安全かもしれません。新しい視点の考え方ではあります。

 一方、国際社会と共生する方向を求めるならば、国際協調するための相互理解を深める方向性を築いていく必要があります。そのためには長期間の外国人の入国制限は国際関係に有害です。経団連の十倉会長の発言では、「外国企業との技術協力や企業の合併・買収(M&A)交渉にも支障が出ており、外国人入国制限の緩和を求める」という声もあります。

 新型コロナワクチンを製造しているファイザー社は米国の有力企業ですが、ファイザー日本法人は1955年台糖(現在 三井製糖)と米国ファイザーの合弁会社からスタートしています。台糖はその当時、独自のペニシリン培養技術を持っていました。全世界の医薬品メーカーとの提携を模索していた時、ファイザーと利害が一致して合弁会社を設立したのです。これが現在のファイザー日本法人となっています。現在の企業の発展には、70年近く前の外国企業との交渉の賜物です。どのような社会にするのかの視点を欠いていると将来に禍根を残します。

 既に人口減少が始まっている日本において、将来像の設計が重要になっています。外国人に頼らない自立した社会をつくる道ももちろんあります。その道を選ぶとしたら、経済的なマイナスも含めて、それをカバーする強い決意が必要です。一方で外国人に頼る社会にする場合、食糧自給率を始め、国の安全性確保を万全にする必要が出てきます。いずれの方向に進むにしても日本の将来像をはっきりと考えておくことは必要でしょう。日本のリーダーの役割はますます大きくなっています。

以上

投稿者プロフィール

西田 俊哉
西田 俊哉
アイクラフトJPNベトナム株式会社・代表取締役社長。
大手生命保険会社に23年の勤務を経て、2005年に仲間とベンチャーキャピタル・IPO支援事業の会社を創業し、2007年に初渡越。現在は会社設立、市場調査、不動産仲介、会計・税務支援などを展開。