西田俊哉のベトナム・フォー・パラダイス(2021年3月投稿)

パンデミック後の経済の行方 金融資本主義VS.国家資本主義

1、2024年発行される新紙幣から考えること

 NHK大河ドラマ「青天を衝け」がスタートしています。日本の資本主義の父ともいえる渋沢栄一を主人公にしたドラマです。その肖像画がデザインされた1万円札は市中に出回るのが2024年と聞いています。新紙幣が発行されると、通貨の価値が大きく変動することはよくあることです。今回の紙幣の変更が国の財政事情を反映していることはないとは思いますが、日本経済の調整弁に使われる可能性もあるかもしれないと思うのは考えすぎかもしれませんが、ないとは言えない話です。戦後もそうですが、社会が大きな転換を遂げるときには、貨幣の価値も同時に変わっています。今回はコロナ禍で実体経済は厳しさを増していると思いますが、株式市場は高騰しているのはどうしてなのか?また、コロナが終息すれば、本当に経済が回復するのか?私が日頃疑問に思っていることを題材にしてみました。

コロナで景気が低迷する中でも徐々には経済も回復に向かうと思いますが、経済が回復すればすべてが順調になるわけでもないのです。経済の再稼働の時に、みんなが一斉に動き始めると回復する需要に対して、供給が追い付かないことも考えられます。経済活動が停滞し、生産体制や労働力が不足していれば急に供給を増やすことができません。2020年4月以降、マスクが急激に不足した時期には大変な価格になったことからも想像できるでしょう。逆に生産が一気に回復した時に、消費がコロナ前と同等に回復するかも確定はできません。

コロナワクチンの輸入が始まっておりますが、その価格についての情報はほとんどありません。需要に比べて供給が不足している場合には、おそらく価格が上げられているものと思います。購入費用、接種費用を国が負担するとしたら、財政赤字はさらに大きくなります。コロナ禍での財政出動は尋常でない時期ですので、さらに国の負担は増えていきます。アメリカやイギリスなどのように供給する国はいいですが、輸入に頼る国は大変だと思います。財政出動の多さもインフレの可能性の要因です。

また、別の側面ですが、コロナの影響で多くが自粛して、生産が減少したり、労働者の雇用が切られたり、また技能実習生が入れなくなっている状態です。生産体制が停滞している状態です。その時に急に需要が回復しても、供給をすぐに増やすことはできず、需要と供給の関係で価格に転嫁され、インフレが発生することはありうる話です。

多額の借金を抱えている国の財政問題から見ると、国にとってはインフレになったほうがいいとも思えます。インフレで大きな借金を目減りさせることができるからです。インフレは徳政令の役割を果たします。一方、庶民は物価が上がっても給料は上がらず、不況下でありながら物価上昇になることで一層の苦しみを感じることでしょう。2024年の紙幣の変更は貨幣価値の変化が起こらないとは限りません。

私が高校生から大学生の頃、第四次中東戦争が起こり、それを原因としたオイルショックが発生しました。原油価格の高騰から、世界同時不況となった時期です。トイレットペーパーの買い占め、供給不足が発生したのもこの時期です。不況でありながら、原油高を背景に物価が上がりインフレとなるスタグフレーションという現象が発生しました。不況下の物価上昇はこの50年の間にも実際に起こった経済現象でした。

2、コロナ禍の株高は何を意味しているのか

世界が新型コロナで経済活動に制約があり、GDPも大幅に下落している中で株式市場だけは世界的に上昇をしています。株式市場と実体経済に異常なギャップがある中で、バブルだとの話も多いのですが、経済学者の小幡績(おばた せき)さんの話が分かりやすかったので紹介します。

彼は次のようにはっきり言っています。「株式市場と実体経済はほぼ無関係であり、連動する理由がない。株式と実体経済が連動していたのは過去の話で、1980年代以降の日本と1990年代以降の欧米ではもはや連動しなくなった。21世紀になると地球上どこでも連動しなくなった。実体経済の市場においては、消費者と生産者がいる。資産市場には投資家とトレーダーがいる。前者の人々と後者の人々は別の生物であり、行動が一致する理由がない。」

実体経済を動かす主体と資産市場を動かす主体は全く違うと言うことはわかるような気がします。実体経済と株式市場が連動しないいくつかの理由をお伝えしましょう。第一に株式市場で盛り上がっているのは、いわゆるGAFAのような企業やネット関連株、テクノロジー関連の新しい巨大企業や新興企業で、多くの従来型の伝統的なサービス業や小売り、流通などの企業は入っていないこと、第二に株式市場に上場しているのは大企業だけで、実体経済を左右する中小企業は入っていないこと、第三には21世紀に入って言われるようになった資本と労働の分配率の変化が影響しているのです。株式会社は株主への配当を優先させ、労働者への配分を重視しなくなりました。株主は利益を掴むことができても、実体経済の主役の労働者たちの賃金は抑えられ消費は低迷していることが理由です。

フランスの経済学者トマ・ピケティが「21世紀の資本」のなかで、経済成長率に比べ、資本収益率が2~3%必ず高くなっていると述べています。砕いて言うと資産運用(投資)できる人は、労働で収益を得る人に比べてより儲けることができると言うことです。資本主義とはリスクを取って資本を出す人が収益を多く得る仕組みなので、資本家への分配が多いのは制度上の正義ともいえます。

ただ、投資のゲームに参加できる人は数が減ってきました。投資を繰り返すことができる人は、投資に成功している人たちです。投資するお金がない人はゲームに参加できません。ただ、低金利下で市中にはマネーが潤沢です。そのマネーを動かくことができる人は少人数です。勝った人がさらに投資機会を得ていくのが株式市場の仕組みです。従来は新技術の開発や新規市場の開発で、新たな投資をして市場を拡大していました。そのような現在社会では、一部IT分野を除いてフロンティアがなくなっています。資本収益率を上げる方法は、製造、サービスのコストを下げることです。もっともやりやすいのは、コストのかからない労働力を使うことです。

労働者は非正規雇用の出現でより一層分配が低下しました。消費の主役でもある労働者の分配の低下により、実体経済が縮小し、その反面、金融緩和によるカネ余りもあり、資産を持つ人々に余ったカネが株式投資に回っています。

3、1929年世界恐慌はなぜ起こったか?

1918年から1919年のスペイン風邪というパンデミックから約100年です。その当時は第一次世界大戦も発生しており、このパンデミックが戦争を終結させたとも言われているくらい被害の大きなものでした。その当時の社会のありようは、現在のパンデミック後の世界を考えたときに参考になるように思います。

スペイン風邪の流行で大変な被害者が発生した10年後の1928年10月24日、世界恐慌のきっかけとなる「ブラック・サーズデー(暗黒の木曜日)」がニューヨークのウォール街で発生しました。そこまでの10年間に何があったのかを辿ってみたいと思います。

第一次大戦の主戦場はヨーロッパでした。それまでの世界はヨーロッパ諸国が産業革命を経て、世界経済をけん引していました。ところがヨーロッパが主戦場になったため、世界の工場はアメリカに移動していました。1920年代戦後の好況の中で、資本・設備の過剰な投資が行われました。アメリカは第一次大戦で高まった需要の唯一の供給大国になりました。そこで設備投資が拡大し、自動車、住宅、ラジオ、洗濯機、化粧品などの消費財が大量に生産されました。1920年代のアメリカは大量生産大量消費の社会です。そのことコカコーラやゼネラルモータースのシボレーなども発売されました。それらの消費財を製造する企業は、空前の株式ブームという過剰な投資に支えられて、更のなる設備投資をし、増産体制を築きました。

ところが同時期にヨーロッパが経済回復していく中で、アメリカで過剰生産された商品がだぶつき始めました。人々は好景気に沸きに、そんな事には気が付きませんでした。一部投資家が気付き始めたころ、株式の投げ売りが始まりました。それが「暗黒の木曜日」と言われる大暴落の引き金になりました。

同様なことがアメリカの農業でも起こっていました。第一次大戦時に食糧需要が高まり、アメリカが大量に生産するようになりました。ところが戦争が終わると他の国も生産が増加し、供給過剰から農産物がだぶつくようになり、大幅に価格が下がったのでした。不況の時よりも好況の時の方が、人の気持ちを高揚させ、気が付かないうちにリスクをため込むことになるのです。

第一次大戦後、世界最大の債権国になっていたアメリカですので、世界経済はアメリカに依存を強めていました。そのアメリカ経済が暴落したことで一気に不況が全世界に拡大しました。その後、各国がブロック経済に移行し、グループ内の経済圏での保護貿易によって自国とそのグループだけの経済を守ろうとしました。その当時植民地を持たない、ドイツ、イタリア、日本が新たなブロックを形成しようとして、経済圏を拡大しようとした世界あちこちでの紛争が、第二次世界大戦のきっかけになったのです。

4、限界が近づいているかもしれない資本主義経済

資本主義は新しい市場を構築するために、資本を投資することで利益を拡大する社会です。投資家は激しい競争の上で、より利益を獲得した人が新たな投資機会を得られます。投資の成功で利益を拡大し、さらなる投資をすることが目的化した仕組みです。ところが投資をして利益を拡大する方法は、設備投資、海外投資などでしたが、以前ほど利益を生まなくなっています。その中で安全に増やせるのが株式市場に投資する方法です。植民地政策が行われた時代は、植民地に投資をしてそこで利益を生むことができました。ある面では搾取に近い方法かもしれませんが、資本主義の初期は植民地政策によって資本主義が成り立っていました。しかし、現在は新しい投資機会や利益を生みやすいフロンティアがなかなか見つかりません。

 簡単に人間社会の歴史を振り返ってみると次のようにとらえることができます。人口が少なくフロンティアが大きかった時代は、食べ物が収集できる土地に移動しながら、みんなで食料を分配して生きていました。ジョン・レノンのイマジンにあるように国境がない世界です。日本では縄文時代のような時期です。次に農業が普及し始めると富が生まれ、蓄えることができるようになると、その富を守る権力が生まれました。土地が富を生み出す要素のため、土地をだれが持っているかが大切になりました。小さな国はより強力な国に富みを奪われるようになりました。大きな国にまとまっていく中で、中央政府が土地を管理する中央集権国家が生まれました。大化の改新以降の飛鳥時代、奈良時代の日本の政治体制です。

 ただ中央集権の場合、すべてが国に管理され、税として取られる仕組みのため、新たな土地を開拓するようなイノベーションが起こりませんでした。それが壊れていくのが荘園など私有地を認める法律が出てきたからです。力を持った勢力が、私有地を拡大し、武力によってそれを守ろうとする武士や騎士団の成長により、封建制度という領地の奪い合いの時代になりました。封建制度とは、王や領主が家臣に領土を与え統治する政治体制です。土地をたくさん持っていることが権力でした。資本主義の前は土地を所有したものが、部下に管理を任せて、その還元される富によってより一層支配の仕組みを築いていきました。

土地の関係で縛られていた中世社会が変わったのは、科学の進歩による産業革命や大航海時代の新大陸の発見や植民地政策です。新たな土地やモノに投資をすることで、より一層の利益を生む仕組みが誕生したのです。利益を生むために東インド会社のような会社という仕組みが生まれ、投資したけれど回収できないリスクを最小限にする保険という仕組みも資本主義を維持する仕組みです。

それが今では株式市場でしか利益を増やせない、あるいはM&Aのように競争相手を飲み込むことでしか利益を増やせないというように、一部しか十分なお金を手にできない仕組みになり始めました。資本主義の限界ともいえるような現象が現れているのではないかとも思えます。

5、コロナ後は米中の覇権争い 金融資本主義VS.国家資本主義?

ワクチンは急激ではないものの、徐々に利用が広まるでしょう。あと1年か、2年かはわかりませんが、コロナは終息するでしょう。コロナが終息したら、株価が急落することはないでしょう。世界経済が好転することを歓迎して、株式市場も活況になるでしょう。人々の不安が解消されて、行動制限も緩和されれば、生活はとりあえず元に戻れるかもしれません。自粛生活、密集した場所を避ける行動制限で、消費や活動が抑えられていましたが、一時的には活動も消費も拡大するでしょう。しかし株価は実体経済が悪い時も上がり、経済が回復した時も上がるとしたら、株価は単にお金が余っていて、下がらないという神話に支えられているようにも思えます。景気が悪くても良くても下がらないこと自体がバブル化していると思えます。1929年の暗黒の木曜日のようなことが起こる可能性はあると思います。

ただ、第一次世界大戦がイギリス、フランス、ロシアを中心とした勢力とドイツ、オーストリアを中心とした勢力との領土と植民地や勢力圏の確保のための帝国主義戦争でした。

その当時の世界の中心は植民地獲得をしていたヨーロッパ列強が覇権を持っていました。ところが第一次世界大戦、スペイン風邪が過ぎると経済的に優位であったアメリカに覇権が移るきっかけとなりました。

 このコロナ禍においても、覇権を狙う国はワクチン外交を始め経済圏の確保を進めています。今の世界は急成長できるような環境にありません。その理由の一つは、貧困層の拡大、貧富の格差です。高度成長期のような消費拡大の見込みはありません。二つ目は、新たな投資先の不足です。資本主義の勃興期のような新世界はなくなってしまっています。三つ目は、各国政府の財政破たんの危険性です。

 そのような状況の中で歴史上かつてもあったブロック経済(同盟国同士に限った経済圏)によって自国と友好国の経済を守ろうとする考え方が強まる可能性があります。

経済圏の拡大のために軍事力を強化して、覇権を持とうと言う動きが出始めています。中国のように国がお金を出して企業を育成し、国家資本主義的な動きを拡大している国もあります。社会主義経済を取っている国はほとんどありませんが、民間主導と国家主導の違いがあります。アメリカが企業や投資家、金融機関による資本主義の代表格だとしたら、中国は国家が企業を育成し管理する国家資本主義ともいえる体制です。コロナ後の経済秩序が、アメリカと中国の覇権争いに向かう可能性もあります。アメリカと中国の覇権争いに巻き込まれるのは避けたいですね。

 人類がその他の類人猿と別の道を歩むようになったのは、食料が豊富な森林での覇権争いに敗れて、そこから追われサバンナ地帯に移動せざるを得なかったからのようです。人類の歴史は覇権争いにおける敗北から始まると考える人がいますが、それが必ずしも滅亡や衰退、不幸に直結するわけではないことをその後の歴史が証明しています。

以上

投稿者プロフィール

西田 俊哉
西田 俊哉
アイクラフトJPNベトナム株式会社・代表取締役社長。
大手生命保険会社に23年の勤務を経て、2005年に仲間とベンチャーキャピタル・IPO支援事業の会社を創業し、2007年に初渡越。現在は会社設立、市場調査、不動産仲介、会計・税務支援などを展開。