覇権争いのキーワードとなった「人権」

 2021年7月16日

1、大きく変わったオリンピック開催地決定のルール

 今回の放送の時期は、コロナ禍で延期されていた東京オリンピックが開催されていることと思います。開催には賛否あったことも事実ですが、日本選手が活躍すると日本国内は盛り上がっていることでしょう。この原稿を書く時期はオリンピック開催前ですので、オリンピックの雰囲気はわかりません。ただ開催前の熱気は日本の外にいるとあまり伝わって来ません。そうはいっても開幕して日本選手が活躍したら熱気が伝わってくることでしょう。ここでは開催の賛否には入り込まないようにします。まずはオリンピックの開催地の決め方が変わってきていることをお伝えし、国際政治上の変化の兆候が表れているお話をします。

 従来のオリンピック開催都市の決定は、原則開催年の7年前のIOC総会で委員の投票で決まっていました。開催を希望する都市が立候補し、第一回の投票で過半数を取る都市が出ない場合は、最下位を除き二回目の投票をします。それでも過半数を取る

都市が出ない場合は、その方法を何回も繰り返します。最終的に過半数を獲得した都市に決定していました。2020年東京オリンピックが決定されたときもこの方法でした。

 ところが最近の傾向として、立候補した都市が相次いで撤退する事態が増えてきました。立候補する都市も減ってきました。多くの国が高度成長期ではない時期に差し掛かってきています。従来のような経済発展の起爆剤としてのオリンピック誘致ができなくなっています。また、施設などの先行投資をしても、たいしてお金を生まなくなっています。

そんな理由もあり、今までのルールが変わりました。7年前に決定するルールが変わり時期にとらわれずいつでも決められることになりました。立候補する都市も数が少なく、IOCも有力な都市を早めに決められた方が安全と考えるようになったものと思います。もう2032年夏季オリンピックの開催都市も決まろうとしています。オーストラリアのブリスベーンです。東京の次2024年はフランス・パリ、2028年はアメリカ・ロス・アンジェルスが決定しています。冬季オリンピックも2022年中国・北京、2026年イタリア・ミラノとコルティナダンペッツォの共同開催です。日本では2030年には札幌を立候補させようという動きも出ています。

オリンピック開催都市の決定が10年も前に決まったとしても、今回のコロナの疫病の発生や社会の変化があり得る中で同じようにオリンピックが継続されるかさえも想像できなくなっています。決め方が変わること自体が時代の変化を物語っています。

2、中国共産党創立100年 習近平主席演説から見えてくるもの

ところで先日、毎日アジアビジネス研究所が主催した前駐在ベトナム大使の梅田邦夫さんの出版記念オンライン講座に参加させていただきました。「対中警戒感を共有する新・同盟国ベトナムを知れば見えてくる日本の危機」と題したお話を聞くことができました。そのお話も参考にしながらお話をします。

まずは中国の動向からみていきます。ベトナムに隣接する中国ですが、中国共産党は1921年創立から今月ちょうど100年を迎えました。7月1日北京の天安門広場で、祝賀式典が開かれました。その時に演説した習近平国家主席がどんな演説をしたかを確認することで中国の方向性は見えてきます。

「我々は党創立100年の目標である貧困問題を解決した。生産力が劣っている状況から経済規模で世界第二位という「歴史的進歩を実現した。」「中国共産党がなければ中国の建国はなく、中華民族の偉大な復興も実現できない。歴史と人民は中国共産党を選択した。」として一党支配の正当性をアピールしています。

一帯一路の共同建設を進めることで中国の新たな発展のチャンスを掴むこと、世界一流の軍隊を建設することで国家の主権と安全、今後の発展の利益を守ることができるとしています。経済圏の確保と軍事力の強化が国家発展の前提としてとらえています。

また、国家安全法制と執行メカニズムを着実に実行することで社会の安定と長期の繁栄を維持しなければならないとして、香港の反政府運動の取り締まりを正当化しています。また、台湾については統一が歴史的任務として、国際社会の批判を絶対に受け入れないとしています。

「我々は人類文明が生んだ有益な成果は積極的に学ぶが、傲慢な態度の説教は受け入れない」として人権問題などの批判を受け入れないとしました。科学技術の発展を取り入れ、強い軍隊を作り強国として進んでいく決意を述べています。まずます力を誇示する中国ですが、その態度に比例するように国際的な批判が高まっています。

3、ベトナムと中国、中国と日本の関係性

ここからは梅田前大使のお話をピックアップしてお伝えします。中国が強国に向けた取り組みを強化している中で、梅田前ベトナム大使は、ベトナムの重要性が増していると伝えていました。ベトナムの重要性は安全保障、労働力不足、サプライチェーンにおいても日本の新同盟国と言える立場だと言っています。

第一の安全保障に関しては、中国が2014年から南シナ海の南沙諸島に6つの人工島を造成し、軍事拠点化しています。それにより東アジアの安全保障も深刻化しています。同時にアセアン諸国の分断化を進める中で、ベトナムは一貫した対中姿勢を維持しています。そのことが日本にとって最も信頼できるパートナーだと言います。第二に日本の深刻な労働力不足を補う最重要国がベトナムになったベトナムの技能実習生は中国の2.7倍にもなっています。第三がベトナムは成長のエネルギーに満ちており、中国に依存したサプライチェーンの変更の中心に位置する点です。

ベトナムの歴史を見てみると中国が強国になった時に禍が起こる傾向が強いと言っています。ベトナムは939年に約千年続いた中国の支配から独立しました。ベトナム独自の王朝が統治するようになり、1887年フランスの植民地になるまでの約950年の間は、中国から15回の侵略を受けながら撃退してきました。ベトナムの歴史は中国への抵抗の歴史でした。13世紀に日本は蒙古(元)の攻撃を2回受けました。日本人にはあまり知られていませんが、3回目がなかったのは1288年ベトナム・ハイフォンの入り江でベトナムのチャン・フン・ダオ将軍が元の海軍を壊滅させたからです。日本とベトナムには約730年前にも共通の敵と戦った歴史があります。それ以降、フビライも亡くなり元は衰えていき、元寇は終わりました。

確かに現在でも中国が力を示すことで南シナ海の領土問題が発生し、ベトナムでは対中警戒感が根強くあります。中国人のパスポートに南沙諸島が中国の領土であることを示す「九段線」と呼ばれるマークがありますが、ベトナム政府はそのパスポートを持った中国人には居住許可証(レジデンスカード)を出さないこともあります。日本人が持つことができるレジデンスカードを中国人は持てないのです。その場合、やむを得ないのでビザだけは発給します。そのようなベトナムの対応は中国への嫌悪感を著しています。

著書の中で梅田前大使が強調しているのはベトナムが親日国である理由です。俳優の杉良太郎氏、歯科医の夏目長門氏、眼科医の服部匡志氏などを例に出して、ベトナムのために尽力した日本人がいたからこそベトナムは親日国でありえたとしています。国と国の関係は人と人との信頼であることを伝えています。

ただ、梅田氏は懸念していることの一つが技能実習生の問題です。失踪し犯罪に走ったベトナム人から、「自分は犯罪をするために日本に来たのではない。犯罪者にしたのは日本のやり方が悪いから・・・・」というようなケースも増えていると懸念をしています。実際帰国した中国人技能実習生の中で、尖閣諸島の領有権が中国にあると出張する活動には、技能実習生として日本に渡り、反感を持って帰国した元技能実習生が多いとも言っていました。人権に配慮しないとブーメランのように反発が返ってきます。技能実習生の問題は危険性もはらんでいると認識をしたほうがいいかと思います。

4、人権を重視しないビジネスへの社会意識の変化

今月1日、米国国務省は、世界各国の人身売買に関する2021年版の報告を発表しました。日本についても触れられています。国内外の業者が外国人技能実習生制度を「外国人労働者搾取のために悪用し続けている」として問題視をしています。日本政府の取り組みにも「最低基準を満たしていない」と批判しています。

企業に対しても厳しい姿勢が目立ちます。ユニクロの綿製シャツが、中国・新疆(しんきょう)ウイグル自治区の強制労働をめぐるアメリカ政府の輸入禁止措置に違反したとして、米国当局から輸入を差し止められました。そのようなことがフランスや他の国にも広がっています。ジェノサイト(虐殺)ともいうべき人権侵害の内容が知られるようになるにつれて、人権侵害を容認する生産や消費行動も問題視されるようになり始めています。このような傾向はますます強くなってきています。

中国の問題だけではありません。コロナ禍において、生産が急増しているニトリル手袋(ゴム手袋)の問題も発生しています。この製品の世界最大手のメーカーがマレーシアにあります。トップグローブ・コーポレーションという会社です。その会社の使い捨て手袋が、米国税関・国境警備局によって押収されました。押収の理由はトップグローブ社が人権無視の強制労働をしているからとのことでした。トップグローブ社は、マレーシアに41か所、タイに4か所、中国とベトナムにそれぞれ1か所の工場を持ち、年間930億枚のゴム手袋を製造している会社です。この会社も外国人労働者を大量に集め、寮に住まわせて劣悪な居住環境が原因で、500人の労働者がコロナに感染したとも言われています。外国人労働者はインドネシア、ネパール、バングラデシュなどから出稼ぎに来ている人たちです。米国税関・国境警備局によるとトップグローブ社は、借金させることや身分証明書の保管による逃亡の防止、過度な残業、虐待的労働条件と生活条件など強制労働をするために人権を無視した対応をしたと発表しています。

日本の社会では政治とビジネスは別という意識がまだ強く残っています。しかしながら環境問題と同様に、人権問題も世界の意識が変わり始めていることを知る必要があります。ジェノサイトに加担する企業とみなされ烙印を押されると市場を失うことになりかねません。植民地時代のように安い賃金で働かせ、そこから得られる利益を先進国が搾取するような仕組みは変化せざるを得ないでしょう。

5、国も企業も人権配慮が成長への条件

 米国のバイデン政権の基本姿勢は、「国際協調主義」と「人権重視」がキーワードです。コロナワクチンでも、特許権を一時放棄する意向を表明したこともあります。製薬会社からは強い抵抗がありましたが、このことも基本には国際協調と人権問題がベースにあるからだと思います。またトランプ政権時代に離脱したパリ協定やWHO脱退の撤回など国際的な約束に復帰する動きを取っています。ただ、その政策の一辺倒だと弱腰との批判にさらされる可能性がありますが、強さを示すための使われるのが人権問題です。ユニクロの綿製シャツのアメリカへの輸入禁止も人権問題にしっかり対応しない企業や国には批判を強める方向性を明確に示しました。日本のビジネスパーソンも今後世界政治、経済はこの流れが強くなることを考えておく必要があります。アメリカは中国との覇権争いにおいて、「人権」というキーワードで国際的な連帯を形成することが戦略になりました。

人権問題が取りざたされるようになったのは、米国の警官の拘束による黒人の死亡事件、新疆ウイグル自治区の問題、香港問題、ミャンマーの軍事クーデターなどの影響があります。米国の新疆ウイグルの綿製品の輸入禁止を受けて、カゴメもその地域で生産されるトマト加工品を製品に使うことを今年中に止める予定です。そのような動きは加速していきそうです。取引先に強制労働や児童労働などがあると人権侵害とレッテルを張られて評価を落とします。不用意な調達先を使うことで、企業には訴訟や不買運動にさらされるリスクが付きまといます。こうした動きには投資ファンドも選別を強めています。ウイグル族の問題では機関投資家が世界の主要企業に取引状況の開示を求める動きも出ています。

一方で日本では、技能実習生の問題が出始めています。失踪する実習生や犯罪に走る実習生が増えることは、実習生の問題だけではなく日本の責任問題にもなり始めています。私が親しくしている弁護士は最近日本に帰国しました。先日、不法滞在のベトナム人留学生の裁判を傍聴したそうですが、「人権派弁護士のビジョンが開けてきました」とLINEでメッセージを送ってくれました。ビザ偽造の不法行為であっても、母国にも帰れず、日本に来日する時に抱えた多額の借金を家族ともども背負い、経済的にも困窮しするなど同情すべき要因がたくさんあるようです。

また、それ以外にも日本は人権面かなり遅れている分野があります。世界経済フォーラムが公表した「グローバルジェンダーギャップ指数」という男女格差の指数があります。今年も相変わらず日本は低位です。世界153カ国を対象にした調査で2021年日本は121位と先進国中で最低の水準でした。アジア諸国の中でも韓国、中国、ASEAN諸国より低くなっています。SDGsで謳われているこのようなテーマに鈍感な対応をする国は、人権問題に消極的な国とみられることで国の信頼感も損なうような時代になってきています。社会は急速に変化する中で、自然環境の問題と人権問題は重要な国際的評価の試金石になり始めています。中国と対峙するアメリカや西洋の先進諸国は、当面この人権問題への批判を強めていくものと思います、日本も国際社会で起こり始めているこのような考え方の変化には注意深く見ていく必要があると思います。

以上

投稿者プロフィール

西田 俊哉
西田 俊哉
アイクラフトJPNベトナム株式会社・代表取締役社長。
大手生命保険会社に23年の勤務を経て、2005年に仲間とベンチャーキャピタル・IPO支援事業の会社を創業し、2007年に初渡越。現在は会社設立、市場調査、不動産仲介、会計・税務支援などを展開。