労働力不足円安の渦中で労働とは何かを考える

  1. 急増する人手不足倒産

10月初旬のニュースによると2024年吾上半期の人手不足倒産は163件に達し、同時期として2年連続で過去最多を更新したとのニュースが流れていました。コロナ禍以降深刻な社会問題として表面化した人手不足は、企業経営に深刻な打撃を与えています。業種別では建設業が55件、物流業が19件など高水準であり、全体の45.4%を占めています。小規模な事業者はより一層の窮地に陥っているようです。小規模な事業者にとって退職者が出ればダメージは大きくなり、企業継続を断念せざるを得ない事態も考えられます。

 特に今年は「2024年問題」と言われるトラックドライバーの時間外労働制限が行われており、ドライバーの増員が急務になっています。ところが給与を挙げなければ採用もできない状態で、ジレンマに陥っている企業も多くあるようです。これらの人手不足解消の前提になるのが、労働者への給与の引き上げとその引き上げ分を価格転嫁できるかにかかっています。価格転嫁することで輸送コストなど諸々のコストは上がりますが、物価上昇を容認できるような多くの業種での給与の引き上げが課題になっています。ここ30年物価も上がらず給与も上がらなかった日本です。国際的な物価上昇の中で、給与を上げていくことが経済を順調な回転にするために必要になってきているようです。

 一方で給与を上げる判断をする企業が増加することで転職希望者も増加しており、労働市場の流動化が加速しています。各企業にとって従業員の給与を上げて、それを価格転嫁する重要性がますます高まっています。逆に言うと価格転嫁できない企業は廃業や倒産を余儀なくされる厳しい時代に突入したともいえるでしょう。

 今回は10月初めに発表されたニュースをヒントに、日本における労働者確保と外国人労働力確保に関する従来とは異なる変化などを見ていこうと思います。総選挙では地方創生などの重要性が叫ばれていますが、地方創生は容易な課題ではありません。

 連続した災害に見舞われている能登半島の実情が、地方の困難を象徴しているようにも見えます。山積する課題にどう立ち向かっていくのか判断が問われる段階を迎えています。それをどのように解決していくかは、日本が抱える重要課題です。

2,円安でも外国人労働者が減らない理由

 人手不足倒産が増えている中で補完する役割を担っていうのが、外国人労働者です。補完する外国人労働者は、留学生、技能実習生、特定技能、あるいは技術・人文分野・国際業務の在留資格で入国する人材などが主な労働者です。外国人材の就労支援を行うマイナビグローバルの調査によって明らかになったのは、日本在留の外国人たちが日本で働きたくない理由として「円安」を上げていることです。

 582人から回答を得た調査ですが、91.0%の人は在留期間が過ぎても日本で働きたいと答えていますが、2年前から5.8%減少しています。日本で働きたくない理由の1位が「円安」ですが、38.5%となっています。円安により稼いだ給与が、自国通貨に換算すると大幅に目減りしてしまうのです。そのことが日本で働く魅力を低下させています。また、就職先を選ぶ際には、「人間関係の良さ」を重視するとした回答が44.3%にのぼり、前回調査より2倍ほど増加しているようです。技能実習制度などでも転職を認める制度改正が予定されておりますので、給与などの待遇改善、外国人労働者と共生を図る職場環境がより一層重視されるようになっています。

 従来は円安になれば、輸出が拡大して日本経済に良い影響を及ぼすことが言われた時代もありました。ところが今では製造業が海外に移転しており、円安になっても以前ほど輸出は増えてはいません。最近では円安が国力の低下を現していると言われるようにもなっています。長期に円安が続くことは、食料を海外からの輸入に頼っている日本では、食品の価格はどんどん上がります。日本人の生活に悪影響を与え、日本企業の外国人労働力確保の面で厳しい状況を与えているのが円安と考えてもいいでしょう。

 円安で外国人がほかの国で働くことを選ぶ可能性があるかと思いますが、まだ日本の制度でかろうじて減少を防いでいます。特にベトナム人は、2023年海外に出た人数が159,986人だったようですが、約8万人が日本で働いています。円安でも大きく減らなかったのはいくつかの条件が考えられます。

・受け入れ制度が成熟しており、日本で労働することに不安が少ない。

・日本語の学習は必要だが、試験などが必須でない。

・面接から出国までの期間が半年ほどと他国に比べて短い。

・国に保証金を払う必要がない

・治安が良く、労働法などが整備されているため安心して働くことができる。

などの理由が挙げられます。

 韓国でベトナム人を雇用する場合は、韓国語の試験に合格しなければ応募書類を提出できません。応募種類を提出してから、韓国企業による選考を経て労働契約を結びます。その際にビザ取得や航空券購入の名目で630USDを支払います。必要な知識の研修を受けて韓国に出国する流れになっており、現状の制度では日本に比べてハードルが高くなっています。

 このように円安というマイナス要因があるものの、総合的に手続きが容易な日本が選ばれ続けています。しかし、このような制度については、それぞれの国の実情で変更することができます。円安を放置し、転職を認めない技能実習制度が維持されれば、日本に行きたいと思うベトナム人及び他の外国人も減少するのは避けられないでしょう。まだまだ制度によってすぐには外国人労働者が減少しているわけではありませんが、親元に仕送りする給与の大幅な目減り(実に30%近く減少しているケースもあります)は、外国人労働者の心情にも重大な影響を与えています。限界に近づいていると考えたほうがいい状況です

 軍事政権が続くミャンマーなどでは、まだ海外で働こうという意思も多いようですが、順調な経済成長が進むベトナムでは自国内で働くメリットの方が大きくなっています。労働力不足に苦しむ日本企業にとって、外国人労働者にも選ばれる国にする努力は、国を支えることにもなるのではないかと思います。円安を是正することはもちろんですが、賃金以外にも日本で働くメリットを与えることができるかも考えるべき時が来ていと思います。

3,育成就労制度は外国人労働者を幸せにするか?

 円安で外国人労働者が悩み、疲弊している現実があることを伝えました。現在日本の労働力不足を補っている制度に技能実習制度があります。ところが、この制度が社会問題になっています。それを解決するために6月国会で可決成立した法制度がありますが、その制度は「育成就労制度」と名付けられました。現行の技能実習制度に変わる制度ですが、実習生の権利保護などの問題を解決するための新制度です。ただし、実施の時期は細部の調整などが必要なため、2027年からと想定されているようです。

 見直しの背景にはいくつかの理由があります。一度送り込まれた企業から転職ができないことで失踪者も増えていること、建前上日本で学んだ技術を母国発展に貢献するとの欺瞞の建付けであること、不適切な送り出しや受入れ機関の実態があり、国際機関などから現在の奴隷制度とも揶揄されていることなどです。日本の労働力不足の解消を図ってもらう大切な役割がある以上、これら外国人労働者を大切にする制度設計に変更しないと外国人からもそっぽを向かれかねません。

 対象となる職種となる事業分野は、介護、工業製品製造(素形材・産業機械・電気電子情報関連製造業を統合)、建設、造船・舶用工業、自動車整備、航空、宿泊、自動車運送業、鉄道、農業、漁業、飲食料品製造、外食、林業、木材産業、以上の16分野に上りますが、更に追加の動きもあります。

 技能実習制度と育成就労制度の違いに関して簡潔に伝えます。まずは期間が技能実習では最長5年から育成就労では最長3年に短縮されますが、そのあとに職種が一致していれば特定技能一号への移行を進めることができ、最長5年まで延長できることを前提にしています。さらにその5年を経過し希望すれは、特定技能2号に移行できて家族も呼ぶことが可能になります。この制度での更新の上限はありませんので、長期間日本で居住することができます。

 転籍については技能実習ではできなかったのですが、育成就労では1年から2年程度(年数は分野によって異なる見込み)の同一企業での就労実績で可能になるとのことです。この制度は3年経過後も外国人が長く日本にいることを前提としています。技能実習では日本語能力が原則不問でしたが、育成就労では技能検定試験の合格及び一定水準以上の日本語能力に係る試験への合格が必要になります。このことは長く日本にいようと思う労働者にとっては、モチベーション向上にもなるものと思います。

 育成就労が転職を認める制度であることは、外国人にとって働く意味のある職場ではないと思われる場合、転職の判断をされてしまう危険があります。特に地方は若い労働者にとって魅力的と思われない可能性がありますので、地域ぐるみで外国人労働者を支える体制作りが必要になるものと思います。その点で外国人労働者もそれぞれの国も地方出身者が多いことから、地域の温かい雰囲気は伝わることと思います。今までの技能実習と違い、外国人に選ばれる就労体制や地域の支えが一層必要になるものと思われます。

 私はベトナムで会社を経営していますが、ベトナム人は日本人と考え方に大きな違いはないと思います。ベトナム人も働くことで、将来の自分にプラスになることには敏感です。ベトナム人はあまりに暇すぎても会社を辞めます。なぜならば自分のスキルや能力が向上しないからです。今回の制度の改正は、外国人労働者とって日本が選ばれる国になるための制度と考えたほうがよさそうです。選ばれるかどうかは日本人の側、日本企業の側に第一義的な責任がありそうです。その点では日本人とは違う国の人たちを理解する人間力も必要になってくるのでしょう。

4,働くとは?なぜ給与をもらえるのかの論点

 人手不足倒産や円安による外国人労働者の確保の問題などを見てきましたが、日本人の労働観に焦点を当てた論考を最後にしてみたいと思います。まずは、新NISAで投資により稼ぐことが大切と考える人も増えていると思いますが、投資と労働をどのように捉えるべきかを考えてみたいと思います。

 新NISAの導入を背景に日本人で投資を始めた人も増えているようです。投資を始めた理由としては、今後年金が減ると思われるので、老後の不安を払しょくすることを考えている人も多いようです。「貯蓄より投資」が叫ばれるようになったのは、低金利が続き銀行に預けてもお金が増えなくなっているからです。それにより「貯蓄より投資」に向かうのですが、深層を理解する意味で日本経済の現状を把握することも重要です。

 一般の人が貯蓄としてお金を預けている銀行にとって、融資の案件が少ないのです。企業も積極的には事業拡大を考えていません。特に日本では生産を拡大してもモノが売れるような状態にはなっていません。逆に海外に進出している日系企業の方が、生産拡大のために追加投資することは増えているようです。それも日本への生産回帰ではありません。海外の市場が拡大するので、海外での生産を増やすための再投資です。

 日本で投資する人が増えても問題があります。投資する対象が少なければ、海外の投資案件に目が向いてしまいます。日本では投資をする人が増えても、次の成長につなげようとする起業家(アントレプレナー)がいないとあまり意味がないのです。例えば株式を売る時期によって、売った人が儲かって買った人が損をしたとするならば、誰かが得をして誰かが損をするゼロサムゲームのようなものです。投資ではなく博打をしているようなものなのです。博打はお金を持っている人が断然に有利です。

 投資とは博打でなく社会で必要なものにお金が回る仕組みです。そのためには社会が新しい方向に向かおうとしていることも重要です。それを誰が主導してやろうとしていることが重要なのです。それが本来の投資ということだと思います。老後問題が投資に向かう原動力だとすると、金銭の投資以外に考えるべきことはあるように思います。日本の高齢化とそれぞれの人の老後問題が深刻ならば、その問題に変化を与えるような新しい考えが必要になっているということでしょう。

 日本企業は年功序列かつ終身雇用の体制を維持してきましたが、社会が変化する中でそれが壊れてきました。それまでは会社にいる時間が、お金を稼いでくれる時間だったのです。会社にいればお金がもらえるということは、会社の組織がお金を稼ぐ力を持っていることであり、会社が社会の役に立つ存在として認められているからお金が入るのです。会社にいれば個人が社会の役に立っていなくても、所属している限りはお金がもらえます。その考えから抜けられない人は、会社を辞めた老後には安住できる居場所を失ってしまうでしょう。

 個人に言い換えても同様です。社会の役に立つことでお金がもらえるのです。時間を使ったからお金が貰えるわけではなく、人や社会が必要としている商品やサービスや考え方を提供するからお金がもらえるのです。本来投資も社会に役立つ人や産業に投資をすることによって、社会が発展するので投資が重要なのです。

 先月、長野県で講演をした際に、昨年の調査で同県の健康寿命が男女ともに全国で第一位になったことを話題にしました。健康寿命が長いことは、何よりも人生にとって最も幸せなことであるとの話をしました。健康寿命が長いことが、逆に社会の仕組みが優れているのではとも思います。人が必要とされて充実した生き方ができているのです。また、人生にとってお金と替わらず健康が大事という意味もあります。健康寿命が長い秘訣は、年をとっても社会に必要とされる人が多いからです。同時に地域のコミュニティーが密接に社会と関わっているからです。働くことは必ずしもつらいことではありません。社会に役に立っている実感が持てれば、幸せな気持ちになれるでしょう。

 その点で会社にさえいればお金がもらえるというだけでは、社会的な満足には乏しいでしょう。老後をどう生きるかという問題は、老後の資金をいかに確保するかだけではなく、老後までどう生きるかの判断が問われる時代になっているように感じます。考えておくべきことは、老後になっても稼ぐ力をつけておくことでもあるように思います。稼ぐ力とは、どうすることが社会に役に立つかを理解できる感性と習慣です。習慣といったのは、社会的に喜ばれることや受け入れられることは人生経験の繰り返しの中で身につくことだからです。

 年をとっても社会的に意味のあることができれば、投資する側ではなく、投資を受ける側になることも可能になるのではないでしょうか。新しいことを考えること、そしてそれに向って働くことは本来楽しいことです。労働は懲役刑や罰ゲームではなく、生きる目的を与えてくれるものです。自分で考えることを忘れて、会社だけで時間を費やしている生活はそのような芽を摘んでいるかもしれません。日本人が労働に関して社会的役割を果たすものと考えること、外国人労働者にも日本人と同様と思うこと、それができれば労働力と賃金の好循環につなげられると思います。

以上