新札発行による経済効果と功罪について考える

  1.  2024年7月3日新札登場

 2024年7月3日新札の登場に両替しようと多くの人が銀行に出向いているようです。海外で生活している私にはそのようなことはできませんが、日本に帰国した際には、新札を手にすることができることでしょう。

 新札発行は20年ぶりとのことで、1万円が渋沢栄一の肖像が使われています。渋沢栄一は生涯において200もの企業設立に関わり、「日本近代社会の創造者」とも呼ばれる人物です。埼玉県深谷市出身で徳川慶喜の実弟に随行してパリ万博を見学するなど、西洋文化を学びその後実業界に転身しました。談話録「論語と算盤」も有名で道徳経済合一の思想でも知られています。

 5000円札の肖像は津田梅子です。女子英学塾(現・津田塾大学)の創設者で女子教育の先駆者と言われる人物です。東京都出身、6歳で日本最初の留学生として、岩倉遣外使節団とともに渡米し、ワシントン近郊に住むランマン夫妻の住宅に11年間滞在し、17歳で帰国したことからも、先駆的体験をした女性の代表と言えるでしょう。

 1000円札は北里柴三郎です。彼は熊本県出身、「近代日本医学の父」と称される人物です。1885年ドイツ留学し、ベルリン大学のコッホに師事し、世界初破傷風菌培養に成功し、破傷風菌抗毒素を発見したことで有名です。その後、ペスト菌を発見するなど医学者として社会に貢献した人物です。

 20年ぶりの改札ですが、偽造防止の目的もあり、新しい偽造防止の技術を加えて、デザインを一新しているのだそうです。新札のデザインは通貨行政を担当している財務省、発行元の日本銀行、製造元の国立印刷局の三者で協議して、最終的には日本銀行法に依って財務大臣が決めることになっているようです。それぞれの紙幣には印章が押されていますが、表にあるのが「総裁之印」と書かれている日本銀行総裁の印で、裏の印章は回収を担当する発券局長の印章で、「発券局長」と書かれたものです。

 新札が発行されても、旧札については法律で無制限の強制通用力があることが定められていますので、法律上の特別措置が取られない限りは通用力を失うことはありません。もっと前に発行されている紙幣も含めて、現在でも使える紙幣は21種類もあるようです。

2, 貨幣の持つ不思議な性質

 日本の新札が20年ぶりに発行された話は、現実の話ですのでなんの解釈の余地はありませんが、貨幣の概念を考えると説明するのが難しいものになります。もし貨幣がなければ人々の生活は自給自足で生きるのか、物々交換をするのかに限られてきます。自給自足であれば原始時代の生活では可能かもしれませんが、現代社会ではまず無理です。一方物々交換も欲しいものを持っている人を探すことからしなければなりません。そのうえで自分の持っているものを欲しいと思ってもらう二重の一致が必要です。

 貨幣として役割を果たせるものの特徴は3つの役割を果たせることだと言います。一つ目が価値を貯蔵できることです。保管しておいても後で使えることです。二つ目が価値の尺度になることです。値段をいくらと決めることで、それに見合う貨幣を支払えば、商品を受け取ることができます。三つめが流通の手段として利用でき、人々がお互いの売買をするために利用できることです。

 物々交換の困難さを解消できる便利さが貨幣にはありますが、貨幣が貨幣として使われる理由は、経済学者によっても諸説あるようです。経済学者の岩井克人氏によると、「人々が貨幣として受け入れるのは、貨幣自体の価値的な根拠では全くなく、受け入れられてきたという事実性と将来も皆が受け入れるであろうという予期によるもの」と答えています。言い換えると、一種の社会的思い込みで機能しているのが貨幣の本質と言えます。

 紙幣の本当の実際の価値とは何かを製造コストで調べてみましょう。米国では、連邦準備制度理事会(FRB)によって公表されているようですが、日本では公表されてないようです。ただ、おおよそ計算すると、1万円札の製造コストは19円ほどと書かれいる記事を見つけました。紙幣の製造コストが19円と言っても、それだけの価値しかないわけではなく、紙幣を利用する人同士が1万円の価値があると信じることができるので、1万円として通用していることになります。ただ、紙幣は国の経済が安定していると価値はほぼ変わりませんが、ハイパーインフレなどが起こると貨幣の価値は一気に低下することになります。日本もそうですが、世界でもそのような実例が何回もあります。

 デフレとインフレではお金の価値と将来の価値に違いが生じてしまいます。デフレは徐々にモノの値段が安くなることですから、今使わないで残しておいた方に価値があるとして、お金を使わなくなります。その結果、消費が低迷して景気はどんどん低迷します。インフレになると将来はもっと高くなると考えて、今使った方が得と考える人が増えて、消費は拡大して景気拡大の可能性があるのです。そのように貨幣とは、人がどう思うかによって左右される不思議な性質が内蔵されているのです。

3. 1946年の日本で行われた「預金封鎖」とはどんな政策

 ハイパーインフレで貨幣の価値が大きく変動する場合があることを伝えましたが、日本の戦後(第二次世界大戦後)がそんな時期になります。その時は預金封鎖とセットで新札発行が行われました。経済封鎖1日前に発表されて、ほとんどの人が預金を下すことができない状態でした。

 2024年7月新札が発行されることから、1946年2月17日に行われた幣原内閣当時の「預金封鎖」が行われたように、その再来があるのではないかとのうわさが出ることもありました。それはうわさに過ぎないと思いますが、新札切り替えのタイミングは、国による通貨価値の調整などもしやすく、その当時どのようなことがあったのかを知っておくことは意味があることでしょう。

 この当時日本では終戦直後の物資の不足、生産者の不足の中で、終戦後の購買需要が高まり、月に50%を超えるようなハイパーインフレが発生していたようです。7月1日に1000円だった商品が、8月1日には1500円、9月1日には2250円、10月1日には3375円なっているような物価上昇です。そのための緊急勅令として、新円切替が施行されることになり、一時期銀行からの引き出しができなくなる預金封鎖が行われたのです。ただこの間は、まったく引き出しができなかったのではなく、引き出しの金額が制限されたのです。

 また、給与の一部は強制的に預金にされるなどの利用条件も設けられました。封鎖預金からの新円での引き出し金額は、世帯主で300円、世帯員では一人100円とのことであったようです。当時の円の価値は今とは違うので、今の金額で考えることは間違いであることははっきりしています。

 ただ、この新円切り替えにより手持ちのお金やタンス預金も銀行に預け、新円への交換が必要になりました。現金だけでなく、株式、不動産、金なども課税対象になりました。その結果、資産があぶりだされることになりました。国は資産額に対して25~90%の比率で課税することにしました。税収を確保して日本の復興の財源にしようとする国の苦肉の策だったのです。このような政策は今までの価値や資産を完全にリセットするための政府主導の強制措置でした。

 この時に行われたのは、タンス預金のあぶり出しなど資産評価の厳格化です。2024年の新札発行は預金封鎖を伴いませんが、人々の持つ資産のあぶり出しの意味はあるかもしれません。マイナンバーカードとセットで、国民の資産を管理し、税負担を求める効果があるかもしれません。

 ではタンス預金をあぶりだすことでどんな意味があるのでしょうか?タンスにおいておくお金は、生きた使い方にはなりません。その一部でも投資や消費に回ることで経済の活性化を図ることができます。景気低迷する中で、国は新札発行により経済効果を期待しているのです。

 現在は円安の影響もありインフレが顕著ですので、タンス預金をしても資産が目減りするだけです。このタイミングでタンス預金から現金をインフレに連動する投資などに回すことは一定の合理性があります。多くの人がタンス預金から新札に切り替える判断をすることでしょう。

4, 新札発行の経済効果と盲点

 新札発行によって、券売機の入れ替え、ATMの変更、両替機の変更などが必要になります。政府もそれらの資金に関しては補助金などを支給するようにはなっているようですが、機械を作る企業の特需とそのための費用を負担する企業の利益の差は大変大きなものがあります。

 新札発行の経済効果は、1.6超円の経済効果があると言われています。新札を発行するがために増える仕事があり、その仕事による経済効果がそれだけの金額になるとのことです。しかし、この経済効果が全国民にいきわたるという話ではありません。ATMや両替機等の機械を交換したり、調整したりする事業者は圧倒的な特需があることでしょう。それらの企業や従業員は、その経済効果の恩恵を受けることでしょう。

 しかし、逆にその費用を負担しなければいけない人たちもたくさんいます。例えば、ラーメン店の両替機などは、新札に対応するようにしなければなりません。輸入食材の急激な上昇に苦しんでいる事業者は、新札に対応する負担も重なり、二重の苦難を迎えているともいえるでしょう。

 経済効果が1.6兆円ということは、1.6超円儲ける人がいれば、1.6超円を支払う人もいるということになります。社会全体でいえばお金が移動しただけのことです。多くの場合ATMを作ることができるような企業は、大企業で既得権益に恵まれている企業が多いように思います。逆に負担を強いられるのは、比較的小さなビジネスをしている小売業や飲食店などの事業者でしょう。

 これらの変更交換には、政府の補助金はあるようですが十分とは言えません。一定の産業には恩恵が与えられて、一定の産業には負担が迫られる損得が発生します。新札発行で冷静に見ていかなければならないことは、誰の財布の中身が増えて、誰の財布の中身が減るかというお金の移動に関する視点です。新札に替えることで一般の利用者が得られる効果は、偽造されづらい紙幣になったことくらいです。新札を発行する変化から得られることは、特需を得ることができる人と、マイナスの特需を得る人を分かれるということです。

5, 円安の原因とそのことにより起こる可能性があること

  新札による価値の変動の話ではありませんが、そのしばらくの間で円安が進み、円の価値は一気に落ちています。偶々のタイミングでの新札発行ですが、数年前の1万円の害が以下丙との交換とこの新札の1万円をこの時期に海外の貨幣と両替すると価値が全く違います。新札では以前のような1万円の価値を得られないのです。これは人々が1万円札を1万円の価値があると信じるから、1万円として通用するのは日本国内だけでしか成り立ちません。各国の経済事情や金利の差を判断して、円や海外の通貨の交換価値を調整するのが為替相場になります。

 なぜ日本円の価値は落ちているのでしょうか?それは金利が日本に比べ、米国などの諸外国の方が高いからです。お金の流れは低いところから高いところに流れます。当たり前ですが、金利が高い方が利息は多くなり儲かるのです。そのため日本円を外国通貨に変換して預金や投資をする人が多くなります。

 米国など諸外国も経済情勢の変化から物価が高騰しています。賃金も上昇しているので、これ以上のインフレを抑えるため、景気を冷やすことも視野に入れて金利を上げています。しかし、日本は物価が上がっていますが、日本銀行は諸外国の中央銀行が行っている金利を上げる政策をとっていません。

 その政策転換を妨げている理由を見ていきましょう。日本では「アベノミクス」という政策をとっていた時期が長く続きました。いわゆる異次元の金融緩和です。その仕組みは、政府が将来の借金である国債発行によって資金調達をします。それを銀行など蓄積されている庶民のお金である預貯金を使って購入します。その次が異次元と言われる理由ですが、金融機関から国債を日本銀行が買い上げます。買い上げるためにすることは、日本銀行券(紙幣)をその分発行するのです。結果的に政府の借金を日銀が紙幣を発行することで賄っているのです。その政策を10年程度続けてきました。

 そこで日銀が諸外国同様に金利を上げればどうなるかというと、国債の利払いが増加することになります。例えば、金利が1%上がることで年間5.6兆円になるとの計算もあります。ただ、日銀はその金額を支払うために紙幣を印刷して支払うことができます。ここで気を付けなければならないのは、円安でインフレが続く中でさらに金融緩和的な紙幣の増刷をすることは、ハイパーインフレのきっかけになる可能性があることです。それ以外にもローンを抱えている人の返済額は高くなり、インフレと合わせて返済できない人が増加する可能性があります。借金を抱えた企業も同様で景気を冷やすことでしょう。

 いずれにせよ日本政府は、税金による歳入の不足を賄うために、国債発行に頼った政策をとってきました。このまま国債発行に頼り、国債を日銀がひたすら買うことを続けていれば、今のような状態はさらに悪化するでしょう。物価がさらに上がり続けるということです。

 日銀が金利を上げないでこの状態を放置した場合はどうなるのでしょうか?もしそうであれば、ある種の悪意があるとも邪推できないわけではありません。政府・日銀は物価上昇に手を打つことを放棄するのです。円安がどんどん加速すると、ハイパーインフレを容認することにもつながります。貨幣の実質的価値を大幅に引き下げる結果、想定以上のインフレになり、そのことが政府・日銀の借金を目減りさせることにつながります。苦しい政府・日銀の財務状況は改善することになります。国債とはもともとは金融機関に預けた預貯金が原資で購入されるものですから、その価値を大幅に減少させて、政府・日銀の巨額の借金を救済することになります。一般庶民も借金がある人はやや救済されるでしょうが、日本円で資産を持っている人が大きな損害を被ることになります。年金生活者も同様です。そのようなことになったら、それは国の政策の失敗を国民が被っていることにもなるでしょう。

以上