2024年選挙の年から来年へ 東アジアの不安定要因拡大
- 2024年は選挙の年
2024年は選挙の年と言われてスタートしました。1月が台湾の総統選挙でした。そこで当選したのが頼清徳氏でした。頼氏は民進党と対立する国民党などの候補者に勝利して当選しました。台湾の政治状況を簡単に説明すると、国民党はどちらかというと親中的な傾向があります。それに対して民進党は中国とのかかわりは排除して、台湾の独自化を守ろうとする傾向が強い政党です。
以前、国民党は馬英九氏が総統だった時期がありましたが、親中的な政策に批判が高まり、2014年「ひまわり学生運動」が起き、「台湾は自分たちが守る」として国民党政権に批判が集まり、2016年には民進党の蔡英文氏が総統選挙で当選しました。皆さんも記憶にあると思いますが女性の総統でした。民進党政権は米国などと強く結びつき、中国との関係は弱めて台湾の独自性を求めている政党になります。そしてさらに中国政府に強硬姿勢を持っているとされる頼清徳氏が総統に当選したわけです。
その次の選挙はロシア大統領選挙でしたが、選挙がどのように行われたかはわかりませんがプーチン氏の圧勝でした。プーチン批判勢力が立候補もできない選挙とも聞きますので、おおよそ公正な状態とは言えないようです。ウクライナ戦争を支持するロシア国民も多いと聞きますので、戦時体制の中では現政権を批判するのは難しいのかもしれません。
次にフランスでは欧州議会選挙がありました。その選挙では極右派と言われたRN(国民連合)が勢力を伸ばし、マクロン大統領を支える中道与党連合が敗北しました。そこでマクロン氏は賭けに出ました。国民議会を解散して選挙に打って出ました。その結果は勝利が予想されたRNはそれほど伸びず、中道与党の政権が継続することになりました。当初、RNのルペン党首が政権を取るかと予想されていましたが、そのような結果にはなりませんでした。フランス革命などにも通じるフランス独特な民衆感情があるのでしょうか?
日本は当初自民党総裁選が9月に行われることになっていましたので、岸田首相が再選するのか、ほかの人が総裁に選出されるのは注目されていました。ところが岸田首相が総裁選不出馬を表明して以降、立候補表明が相次いで多数の候補で選挙になりました。その結果一回目の選挙では決着がつかず、総裁選は決選投票にもなりました。1位の高市早苗氏と2位の石破茂氏の決戦投票になり、石破氏が逆転して総裁に選ばれ、国会の首班指名を経て首相になりました。首班指名を前にした石破総裁が衆議院を解散する方向を示しました。内閣発足の後であわただしく衆議院は解散されました。その結果、10月27日投開票が行われました。当初、首相新任のご祝儀相場を期待したのだと思いますが、思惑は外れ自公の政権与党が過半数割れの衝撃的な結果になりました。
最後が米国の大統領選挙です。結果は「もしトラ」、「ほほトラ」とか言われていた時期がありましたが、結果はトランプ氏が当選しました。久しぶりに総得票数でも民主党候補に20年ぶりに勝利したようで圧勝と言われる勝利でした。トランプ大統領になることで、一種過激な政策が行われる可能性がありますが、日ごろの言動から、「中国製品には高い関税をかける」と言っているので実行するかもしれません。
2,トランプ氏は中国製品への関税を引き上げるのか?
今年の選挙の中で台湾は親米派の頼清徳氏が勝利し、米国大統領膳で中国に対して厳しい姿勢を示しているトランプ氏が勝利しました。トランプ氏の発言の中で、「中国製品には最大60%の関税をかける」などの発言があり、中国からの輸出を抑え込もうとの思惑が読み取れます。もしトランプ大統領が中国製品に60%の関税を掛けたら、米中貿易は壊滅的な影響を受けることになるでしょう。トランプ氏はさらに同盟国も含めて、すべての国から輸入品に関して10~20%の関税をかけるとも言っています。そのうえで米国国内では大幅な減税をし、米国経済の再興を図るとしています。この結果、米国のインフレは再燃させるリスクが高まるでしょう。米国のインフレは避けられないと思いますし、伸びきっているとも思われる経済指標が今後も順調に上昇するとは思えません。難しい局面の経済運営になることも想定できます。
一方で中国政府も過剰反応はしないと思いますが、弱腰とみられることには警戒して、何らかの強硬な対応をすることになるでしょう。当然対抗して、米国製品の輸入に高関税を掛けることになると思いますが、米国への市場が縮小する中でアセアン、アジア、アフリカなどの市場開拓を急ぐことになるでしょう。ただ、中国もデフレ圧力や不動産不況に苦しむ経済状況にあります。中国政府が取っている今の政策は、経済を浮揚させるために電気自動車(EV)やバッテリーなどの輸出を増やそうと躍起になっています。
中国にとって使えるカードは、大統領選で強力な支持者として台頭したイーロン・マスク氏のテスラ社が上海でEVの工場を置いていることにあります。このカードを有効に使うことで米国の関税引き上げの方向性にブレーキをかける材料にはなるかもしれません。同時に不満を抱えている中国国民に対して仮想敵を作ることで乗り切りを図ることも考えられます。これが行き過ぎると外交上の摩擦が拡大するでしょう。
中国が強硬手段に打って出ることはあり得るでしょう。リスクが高い政策ですから、一歩間違えば自国の経済を苦しめることになります。アメリカから中国には農産物が輸出されているようですが、米国の輸出が止まればブラジルなどそれらの農産物輸入を代行できる国との関係構築を急ぐことになるでしょう。しかし、それ以上に対米強硬手段に打って出ることもないとは言えません。
3,「台湾有事」を巡る米中の駆け引き
強硬手段のうちでないとは言えないのが、中国の台湾進攻です。可能性は高いとは思えませんが、中国の民衆の経済低迷によるストレスを抑えるための究極の選択になる可能性はあります。中国は米国が台湾を守るかどうかを水面下で調べていることでしょう。米国が台湾の防衛に躊躇するような可能性があれば、侵攻の確率は高くなると言えるでしょう。
ただ、米国にとっては台湾が重要なのは、世界の半導体製造の中心になっているからです。世界を代表する半導体製造企業が台湾積体電路製造公司(TSMC)で、2023年のデータでは世界全体の59%を製造しています。他社も含めると台湾が全世界の67%製造していることになります。残りが韓国12%、中国9%、その他が12%となっており、全世界の電子機器は台湾に依存していることが分かります。現在の産業界でカギを握る半導体を製造する中心地が台湾であり、米国にとっても台湾を中国に支配されるわけにはいかない事情があります。ただ、TSMCの工場を熊本県に新設する動きなどは、まさにそのリスクを考えての処置だと思います。
ところで米国も以前いわれていたような「世界の警察」という地位を守れなくなっています。中国が台湾に侵攻した時に、台湾を防衛する動きを取るのか、見捨てるのか、どちらもあり得るように思います。ロシアとウクライナも中東とイスラエルも米国がどちらかを支持することはあっても、直接かかわっているわけではありません。ところが台湾有事の場合、経済規模も格段に大きく、日本や韓国をも巻き込むことになる可能性があります。米国と中国が全面的に対立することになれば、「第三次世界大戦」ともいえる状況になるでしょう。
米国がそこまでのリスクを冒すのかどうかは実際なんとも言えませんが、台湾から米国本土は遠く離れていることはマイナス要因です。ハワイにしても相当遠くになりますから、米軍の基地を使うとしたら、それは日本にある基地を使うことになるでしょう。その意味では「台湾有事」は日本にとっても重大局面になると言えます。
中国が米国の政策に対してどのような対応をしてくるのか、それに対して米国と日本がどう出るのか?その動きに合わせて韓国、北朝鮮がどう動くか、中国との関係も模索する東南アジアがどう動くのか、東アジアと東南アジアを含めた広い範囲に影響を与える騒動になることが予想できます。「第三次世界大戦」に拡大することは避けなければならないでしょう。
4,中国と台湾の歴史的経緯
中国の習近平国家主席は、台湾統一を必ず果たさなくてはならないとして、そのためには武力行使の可能性も排除していません。一方で台湾は、独自の憲法と民主的に選出された指導者を持つ独立国家を自認しています。台湾島はいわゆる「第一列島線」に位置し、日本・沖縄・台湾・フィリピンなど戦略上でも外交上でも重要な地域になります。中国と対峙する場合の重要な防衛ラインとして、上記の「第一列島線」と小笠原諸島、グアム、サイパンを結ぶ第二列島線が重要な防衛ラインと考えられています。
戦略上重要な位置にある台湾ですが、現在の中国と台湾の関係になった経緯を見ていきましょう。台湾はいつから中国の一部として認識されるようになったのでしょうか?複数の資料から、清が中国を支配し始めた17世紀初めに台湾が支配下に置かれたことを示しています。その後、清が1895年に日清戦争に敗れたことで、台湾は日本に明け渡されました。しかし、1945年日本が第二次世界大戦に敗れると、台湾島は再び中国のものになりました。
ところが中国大陸では蒋介石率いる国民政府勢力と毛沢東の率いる共産党の間で内戦が勃発しました。1949年に共産党が勝利し、北京を支配下に置きました。中国共産党が中国本土を実効支配し中華人民共和国が設立したことから、蒋介石と中国国民党の残党部分は台湾に逃れました。そして台湾を実効支配して、中華民国として台湾を統治しました。
中国は台湾がもともと中国の省だった歴史があるとしていますが、台湾は同じ歴史を根拠に、自分たちは1911年の辛亥革命に初めて建国された近代中国であり、1949年毛沢東政権下で建国された中華人民共和国の一部だったことは一度もないと主張しており、別の政権であると主張しています。
1971年その当時の米ソ対立の中で、中華人民共和国は「ピンポン外交」など関係国との親善友好に努めるようになりました。国際連合内の駆け引きがあり、中華人民共和国の友好国であったアルバニアが提案し、その後歴史上では「アルバニア決議」として名を遺す決議になりました。国連の投票が1国1票であったことから、新興国の票が決議賛成に流れるようになりました。その決議が賛成多数となり、中国の代表権は中華人民共和国に移り、中華民国は国連を脱退しました。
その後、米国ニクソン大統領の中国訪問にあり、米国が中国に接近する方向になり、西側諸国もそれに追随しました。それを受けて日本は、1972年中華人民共和国と国交樹立したことにより、中華民国とは断交しました。しかし、日本台湾交流協会などを通じて、経済的な交流は引き続き行われています。米国が中国と国交樹立したのは1979年と少し後になります。台湾はその国家、中華民国という呼称は使われなくなり、オリンピックなどでは「チャイニーズ・タイペイ」という呼称が使われるようになりました。
5,日本の役割が変化する時代
台湾の情勢が悪化した時に日本の役割は重要です。米国が台湾防衛に動くことになる場合は、沖縄をはじめ岩国など日本にある米軍基地が全面的に活用されることになるでしょう。また、集団的自衛権に基づいて米軍への最大限の協力が求められることは間違いないと思います。
逆に米国にとって台湾防衛の利益より損失の方が大きいと判断したら、インド太平洋のバランス維持から手を引くこともないとは言えません。そうなった時に自国の利益を守るために、日本がとるべき方向は大変難しいものになるでしょう。当面は米国のインド太平洋戦略に日本がどのように寄与していくかが重要には思われますが、歴史の変化の中では米国の立場が変わることもあり得ます。
その点で米国、オーストラリア、インド、日本によってスタートした日米豪印戦略的対話(QUAD)は重要な役割を持っているように思えます。2021年3月の共同声明「クアッド(QUAD)の精神」において、クアッドメンバーは「自由で開放的なインド太平洋に対する共有ビジョン」と、「東シナ海および南シナ海におけるルールに基づく海洋秩序」を説明し、中国の海洋主張に対抗するためにこれが必要であると述べました。台湾有事の抑止力という観点では、この4か国の共同歩調が実現すれば、中国でさえもリスクの高い行動はできないのではと思います。
米国はフィリピンとも「防衛協力増進合意」を結んでいます。その中で日韓関係も戦後最悪の関係と言われた時期を過ぎ、改善の兆しが表れています。日韓ともに北朝鮮問題を抱えている中では、関係が悪化したままでは東アジア情勢に大きなリスクを抱えることになるでしょう。その点でいえば、今の日韓の状態は良い方向に進んでいると言えるでしょう。日本はロシアと接するオホーツク海沿岸、台湾とは身近な距離にあること、北朝鮮とも近い距離にあることから、微妙な位置に立たされています。
日本は米国だけに頼る外交ではなく、クアッドのような多くの国と良好な関係を築くことが有効に思います。「自分の国は自分で守る」だけではなく、抑止力を高める努力が必要であることは、知日派のジャーナリストのビル・エモットは、「第三次世界大戦をいかに止めるか」の著書の中で述べています。つまり相手に対して、日本を責めても目標達成はできないと思わせる関係作りが重要ということです。
日本は衆議院選挙で与党が少数に転落しました。これからの政権がどのような方向に進むかは、台湾有事もあり得る昨今の状況の中で、難しい局面を迎えていると思います。台湾の半導体製造工場の日本進出は新しい方向性の表れの一つでしょう。また、日本国憲法第9条で明確に定めた精神を今後どのように活かしていけるか、また変更する必要があるかも重要性のあるテーマになってきているように思います。
「日本国民は、正義と秩序を基調にする国際平和を誠実に希求し、国権の発動する戦争と、武力に因る威嚇または武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」と憲法では崇高な理想が掲げられています。憲法第9条があるから日本の平和が守られている、これこそが抑止力になっているという考え方も一定定着している面もあります。しかしながら、インド太平洋諸国に「第三次世界大戦」が起こるとしたら、そのきっかけは台湾有事という人もいます。米国では来年1月、個性の強い大統領が就任します。その点で、日本の指導者はお人好しでは務まらない局面を迎えているようにも思います。したたかな外交戦略が問われる時代になってきました。時代と国際間の空気を適格に掴むことが、ますます必要になっていることを感じます。
以上