米国の世界戦略の変化を示すベネズエラ侵攻
1, 米国のベネズエラ攻撃「断固たる決意作戦」
正月には甚大な災害や事件が起こることがありますね。2年前の2024年1月1日には能登半島で甚大な被害を与えた能登地震が発生して、いまだに復旧は十分進んでいません。今年2026年に入って起こった事件にはびっくりしましたが、深く考えさせられる事件でした。米国によりベネズエラ攻撃というニュースですが、歴史的事件を踏まえて、今後の世界を展望する上での重要な要素があると思いますのでこのブログを使って展開しようと思います。
1月2日深夜から翌3日未明にかけて、米軍がベネズエラの首都カラカスを含む複数の地点を爆撃したうえで、特殊部隊デルタフォースによりベネズエラ大統領のマドゥロ氏とその妻を拘束し、米国に連行した事件が発生しました。報道によるとCIAの工作員を2025年から潜伏させており、今回の作戦の準備をしていたようです。
米国のベネズエラへの攻撃は2025年から行われており石油タンカーを拿捕したり、麻薬が積まれていると主張して攻撃したりすることが繰り返されていました。米国の主張はマドゥロ政権が麻薬テロ組織であるとして攻撃を強めていました。
ベネズエラは世界でも有数の産油国ですので、資源埋蔵の魅力がある国です。トランプ大統領は権力の移行が行われるまでは、米国がベネズエラの運営に関与し、米国企業がベネズエラの石油産業の協力に関与すると述べていることからも、米国の支配が強まる可能性があります。
5日緊急開催された国連安全保障理事会ですが、グレイテス国連事務総長からは、軍事作戦において国際法の規則が尊重されなかったとの懸念が述べられました。この理事会が開催されたのは、危機感を感じたベネズエラと隣国のコロンビアから要請を受けて開催されたものです。米国の行動に関してはロシア、中国は激しい非難を展開したようです。
各国の反応は親米、反米によってさまざまな違いがあります。EUなどはマドゥロ氏には正当性が欠如しているとは指摘はしています。しかしながら、平和的な移行を支持しているとして、国際法や国連憲章の原則は尊重されなければならず、このような事態には自制を求めるとしています。ここで問題になるのは、米国の攻撃が「力による現状変更」であるのかないのかが問題です。国際法では「力による現状変更は許されない」との原則が世界に共有されています。
ロシアや中国が米国の攻撃を激しく非難していますが、自らの行動を鑑みれば厚かましい非難とも思えます。ただ、大国による「力による現状変更」が容認される傾向が続くことになれば、ベネズエラの次がどこになるのかを心配しなくてはなりません。米国以外にも軍事力のある国が暴走しないとは限りません。
米国においても反米感情が強いコロンビアを今後どのように持っていくのか、デンマークに主権があるグリーンランドの領有の可能性をトランプ大統領が語ったことなど、リスクがあちこちにあることを感じざるを得ません。米国、ロシア、中国の主張を中心に国際政治の力学が変わるのでしょうか?そんな危機感を感じさせた事件でした。
2,「サンチャゴに雨が降る」(1973年チリ・アジェンデ政権の崩壊)
ベネズエラの事件を垣間見る中で1973年に起こったチリの軍事クーデターのことを思い出しました。ある面で参考になると思いますので触れることにします。
その当時チリの大統領であったのがサルバトル・アジェンデでした。1970年11月に大統領選挙に勝って大統領になった政治家です。社会党と共産党のほか四つの中道政党から構成された政党連合「人民連合」を基盤に出馬し、最高得票を獲得しました。しかし、過半数は取れず、国会で中道政党のキリスト教民主党の支持を受け、その結果大統領に選ばれた人物です。アジェンダ政権は議会制のもとでの社会主義を実現することを目指した世界はじめての政府です。その動向は「チリの実験」として国際的な注目を浴びていました。
しかし、就任後三年足らずの1973年9月11日、チリで起こった軍事クーデターによって政権は倒れ、アジェンデ大統領も捉えられ死亡しました。この出来事が、「サンチャゴに雨が降る」という、フランスとブルガリアの合作映画にもなっています。この時起こったクーデターの発生から、各地の市街戦、軍事評議会による権力掌握を経て、詩人パブロ・ネルーダの葬儀に至る10日間の出来事の描写を軸に外国人記者の回想という形で、アジェンダ大統領当選からクーデターに至る流れが描かれたものでした。
パブロ・ネルーダがこの映画に登場するのはこのクーデターにも関係があるからです。彼は1971年にノーベル文学賞を受賞するほどのチリを代表する文学者・詩人でした。代表作には「二十の愛の詩と一つの絶望の歌」「マチュピチュの高み」「大いなる歌」「女のからだ」などの代表作がある作家・詩人です。
その彼がアジェンデ政権に協力して、駐仏大使に任命された人物でした。しかし、クーデターの日にクーデターを主導した兵士がネルーダの家に押し入り、調度品や蔵書などを破壊しました。ガンを患っていたネルーダは、その時のショックも大きかったことでしょう、そのすぐ後の9月23日病院に行く途中、兵士の妨害に遭い死去しました。彼は「病気で死に、クーデターで魂も殺された」として、このクーデターの被害者の中心的人物の一人としても扱われているのです。
クーデターを仕掛けた中心人物がピノチェト将軍でしたが、米国の関与が明確になっています。その当時米国はニクソン政権でしたが、アメリカの外交は国務大臣のキッシンジャーが担当していました。アジェンデ政権が進める社会主義路線が、アメリカ資本にとって危険な路線であると断定した結果、アジェンデ政権の転覆に協力したのが米国です。米国のCIAは反アジェンデ勢力の軍部に資金援助して、チリのトラック事業者にも資金を渡してストを行わせるなど、アジェンデ政権崩壊の黒子としての役割を果たしていたことは有名です。南米の反米勢力に関しては、従来もこのような政権転覆の歴史があるのです。
その後のピノチェット政権は、米国のシカゴ学派として有名な新自由経済学者の意向に沿い経済政策を進めました。その結果、米国大企業が支配する産業構造に変わっていきました。そのことについては、カナダのジャーナリストであり作家のナオミ・クラインの「ショック・ドクトリン」という著作で詳しく触れられています。
3,1989年米軍のパナマ侵攻
チリのアジェンダ政権の崩壊以降にも、米軍が関与した中南米諸国への軍事侵攻があります。1989年ブッシュ(父)政権下で米軍がパナマに侵攻して、反米的なノリエガ政権を排除した事件がありました。その前の1977年にパナマ軍事政権のトリホス将軍が、米国カーター大統領と交渉してパナマ運河返還条約を締結し、1999年末の返還が約束されました。
ところが1981年にトリホスは飛行機事故で亡くなり、その跡を継いだのがノリエガ将軍でした。ノリエガ軍事政権は反米的であり独裁色が強い政権でした。また、麻薬組織ともつながりが強く、米国はベネズエラ同様にトリエガの排除を画策していました。
当時ニカラグア内戦が終結していました。それによりノリエガの利用価値がないと判断した米国政権は、ノリエガの排除を決意しました。侵攻の口実はパナマの政情が不穏になり、米国人の生命が危険にさらされているというものでした。米国人の生命と民主主義を守り、麻薬取引を撲滅するというものでしした。実際に米国人の生命が危険な事態はなかったと言われています。
1989年12月20日、パナマに駐屯していた13,000人に加え、米国本土から9,500人の兵力を増強し、早朝の攻撃で一気にノリエガ政権は陥落しました。ノリエガ将軍は姿をくらましていましたが、1月3日観念して投稿し米軍によって連行され米国で裁判にかけられました。禁固40年の実刑判決を受けましたが、その後釈放され2017年に病死しました。
その当時、パナマ市民が米軍を歓迎していたとの報道もあり、市民が星条旗を振り、米軍歓迎とのプラカードを持った映像がありましたが、市民全体の真意かはわかりません。ノリエガ政権が倒れた結果、トリホス氏の飛行機事故はパナマ国防軍が関与していた疑いが強くなり、軍に対する批判が強くなりました。その結果、パナマは憲法を改正して軍隊を持たない国になりました。そのこともあり、1999年にはパナマ運河は正式に米国からパナマに返還されました。
4,トランプ大統領の新モンロー主義
モンロー主義という言葉があります。1823年に米国大統領のモンローが提唱した外交方針のことを言います。米国は欧州の紛争に関与しない代わりに、欧州諸国もアメリカ大陸への植民地化や干渉をしないという相互不干渉の原則です。これは米国の孤立主義ともとられますが、実際は南北アメリカ大陸(西半球)を米国の勢力圏とみなし、影響力を拡大する根拠ともなり、それ以降の米国の砲艦外交を正当化する論理として使われたものです。
最近使われる単語に「ドンロー主義」というものがあります。この言葉はドナルド・トランプの名前からドンを取り、モンローのローを合成した単語です。トランプ政権は国益重視を打ち出して、「アメリカ第一主義」を打ち出しています。もう一つの見方は、アメリカとはアメリカ合衆国のみのことではないとも言われています。最近よく使われる単語は「西半球」というものです。北半球、南半球という言葉は使われていましたが、西半球という言葉は最近初めて聞くようになりました。西半球というのは、北アメリカ大陸と南アメリカ大陸をあらわすものです。
トランプ政権による安全保障戦略の変化は明確になってきています。「グローバル覇権」から「地域覇権」を目指す戦略に変わり始めていると言われます。全世界を対象にする「グローバル覇権」から西半球という南米大陸のみを対象にする「地域覇権」を目指すのです。西半球だけは中国やロシアの影響力を排除して、米国が覇権を確立しようとする戦略に変化していると言われます。今回のベネズエラ侵攻はその表れのようです。
一方でアジアやヨーロッパには、自分で国を守ることを求め、防衛費の増額や米軍駐留費の増額を求めるような主張をしています。東アジアに関しては、日本と韓国に強く防衛費の増額を求めています。東アジアから東南アジアにかけて、戦略的に要所と言われる第一列島線という言葉があります。それは日本列島、沖縄、台湾、フィリピン、ボルネオ島にかけて結ぶ線のことを言います。この言葉は中国が設定した戦略的な海洋防衛ラインで、軍事的な鉄の鎖の部分として、そこを超えて中国に接近させないラインとして戦略的にとらえています。
ちなみに第二列島線とは、伊豆諸島・小笠原諸島からグアム・サイパン島を含むマリアナ諸島群、パプアニューギニアへと続く中国が設定する軍事的防衛ラインになります。台湾有事の際に米軍の増援を阻止して、第一列島線内への接近を防ぐことを目的として想定されているラインです。中国はこのラインを想定して台湾有事の際の準備を進めているものと思います。
米国は中国に対峙して、その要所を守る役割も日本と韓国に求めているようです。トランプ政権の防衛費の負担増加要求から、それを素直に実行するとしたら、さらなる財政悪化は避けられません。債務残高対GPP比が先進国でずば抜けて高い日本ですので、円安や長期金利の上昇局面を生み、日本経済への逆風がさらに強くなるでしょう。また、台湾有事が発生した場合、米国が本当に台湾を支援するかは疑わしいと思わざるを得ません。米国の安全保障戦略の変化は、日本にも重大な問題を突きつけるかもしれません。
政治が国際法の訴える「力による現状変更は認めない」との考えから、トランプ発言にもあるように、強国が相談して決めるべきとの発想があります。例えば米中で決定したことがほかの国は従うべきとの考え方に傾きかけているようにも感じます。ましてや中国が台湾に侵攻した際に、米国がそんな中国を非難することができるでしょうか。ベネズエラでしたことを棚上げして、中国を批判できるかは考えづらいでしょう。米国はアメリカ大陸を米国に任せてることで、東アジアは中国に任せるというようなディールをしたならば、国際政治上大問題に発展せざるを得ません。
今回の米国のベネズエラへの侵攻を受けて、国際政治の力学が大国によるパワーポリティクス(Power Politics)に変化していると感じます。それを受けて中国もロシアも米国と同様の考えで、「力による現状変更」が可能な時代になることだけは避けないといけないと思います。今回は米国のベネズエラ侵攻が日本に与える影響も大きいことを感じ、緊急にブログとして発信します。
以上

