イラン戦争と「力こそ正義」の時代
1, ホルムズ海峡でLPG船被弾 ベトナム向け供給停止
米国とイスラエルによるイランへの爆撃が2月28日に始まりました。以前よりトランプ大統領はイラン国民に対して、聖職者による支配体制を打ち倒すように呼び掛けていました。今回の軍事行動は、米国では「エピック・フューリー(壮絶な怒り)」作戦と名付け、イスラエルは「ライオンズ・ロアー(獅子の雄叫び)」作戦と呼んでいます。その爆撃でイランの最高指導者アリ・ハメネイ師が殺害されました。また、軍などの重要人物も殺害されているようです。攻撃の2日前に米国とイランは、イランの核開発計画をめぐって間接的に協議をしていましたが、合意には至らず協議が終了していました。
米国、イスラエルの爆撃を受けて、イランはホルムズ海峡を封鎖すると声明を出しています。米国は否定していますが、ベトナムの有力な新聞タイン・ニエン(Thanh Nien)紙によると、ベトナムの有力なエネルギー公社であるペトロベトナムガス貿易(PV Gas Trading)は、3月2日、ベトナム南部顧客向けに緊急文書を発出し、LPG(液化石油ガス)供給の一時停止を通知しました。
同社によると、2026年3月10日以降にPV GasのLPGターミナルへ入荷予定だった全ロットが停止になる見込みとのことです。この要因はホルムズ海峡でLPG船が被弾したこと、またサウジアラビアの施設事故である桟橋崩落事故の影響、中東の武力衝突により輸送ルートが寸断されているなどの理由が挙げられています。また、中東の複数の施設も、攻撃を受け深刻な損傷が発生していると伝えています。それにより3月後半から4月末までの配線計画が停止され、3月10日以降の供給のめどが立っていないとしています。
ベトナムの報道ではありますが、現状では代替調達は困難であり、東アジア市場全体ででも供給不足が発生しているとのことです。タイではすでに燃料輸出を制限する緊急事態が発動されており、地域的には需給逼迫が顕在化していると言います。そのため顧客に対して自主対応を要請しているようですが、個別企業で自主対応が可能とは思えないです。
供給途絶が長期化すれば、国内LPG価格や産業用燃料市場への影響拡大も避けられない見通しと書かれています。東南アジアの新興国にも重大な影響が出ており、今回の紛争が長期化した場合、世界経済に与える影響は甚大であることが予想される展開になっています。
2,1973年オイルショック、トイレットペーパー騒動とは何だったのか
1973年10月6日、第四次中東戦争が勃発した時期があります。エジプト軍とシリア軍が南北からイスラエル占領地を攻撃して、イスラエルがそれに応戦したことから始まった戦争です。この戦争勃発によりアラブ石油輸出国機構(OAPEC)が、10月17日に石油公示価格の引き上げを宣言しました。また、イスラエルとの関係が強い国に対して石油禁輸措置を含む厳しい石油戦略を打ち出しました。
それにより世界の石油価格が高騰して、世界経済に大きな影響を与えました。それがオイルショック(石油危機)と言われる現象を生みました。それまで安価なアラブ原油に依存していた西側先進工業国は、燃料不足、原料不足に陥り、工業生産が低下して急激な物価上昇となりました。
その当時、エジプトなどは社会主義路線を目指し、イスラエルと対立する構図がありました。しかし、ナセル大統領が死亡しサダト大統領に代わったことで、資本主義化が顕著になっていきました。その亀裂の中で力をつけていったのが、イスラム原理主義になります。このオイルショックあたりから、中東およびアラブ諸国の政治的潮流に変化が表れてきました。力をつけてきたイスラム原理主義ですが、1979年イランでホメイニ師を指導者とする革命が行われ、親米だったパフレヴィー(パーレビ)朝が崩壊しました。現在、パフレヴィーと書かれていることが多いですが、その当時の日本のニュースではパーレビと言われていました。
オイルショックの際に日本で騒動になったのが、トイレットペーパーの不足です。石油資源の不足により報道の影響もあり、紙の生産、特に日常生活の必需品であるトイレットペーパーを庶民が買いだめする事態となり、スーパーなどの店頭からトイレットペーパーが消えた時期がありました。トイレットペーパーが手に入らないという前代未聞の騒動に発展しました。
その時期に日本では政府が省エネを強く呼びかけ、ガソリンスタンドの日曜営業の停止、テレビの深夜放送の停止、ネオンサインの停止、マイカー移動の自粛などが呼び掛けられて、日本国民はそれを守り、また省エネの技術革新も進み何とか危機を乗り切った歴史があります。私が高校生当時の出来事です。
ただ、この時期にはニクソンショックと言われたドルの金との交換停止、変動相場制移行、ドルを基軸とした固定相場制度(ブレトンウッズ体制)の崩壊など米国経済の影響力の低下も相まって、中東に対する米国の影響力も落ちていった時期と符合します。それにより日本は恒常的な円高に悩ませられることになるのは現在との違いです。その当時の国際情勢と今回の米国イスラエルによる爆撃開始に関しても共通項があるのではと思います。
3, 1978~79年イラン革命を振り返る
第一次オイルショックを経てイランの親米政権パフレヴィー(パーレビ)朝にも変化が起こり始めました。パフレヴィー朝はアメリカの資本と組んで石油開発を進め、その利益を独占するなどしたために、国民の不満が高まっていました。それに呼応するように伝統的な規律ある社会への転換を求める声が高まりました。16世紀以来のイランの国教イスラム教シーア派の信仰に立ち返ることを求める民衆の反発が広がりました。
その当時皇帝の政治を批判していたシーア派最高指導者のホメイニ師は、国外追放されていました。しかし、民衆の皇帝に対する批判の高まりの中で、ホメイニ師は国外から反政府運動を指導していました。革命につながる発端は1978年にありました。ホメイニ師を誹謗する記事が新聞に掲載されたことから、政府の仕業であると国内に暴動が起こり、収拾がつかない状態になりました。暴動を鎮圧できなくなったパフレヴィー2世は、1979年1月イランを離れるに至ったことで皇帝政治が終焉を迎えました。
それ以降は、ホメイニ師がイランに戻り、ファギーフ(イスラム法学者)による統治を掲げ、米国文化の模倣が否定され、厳格なイスラム規範を復活させました。映画、文化、絵画もイスラム原理に沿ったもののみが認められ、女性は外出時にはヘジャブ(頭髪と肌の露出を避ける布)の着用が義務付けられ、イスラム原理主義的な政治が行われるようになりました。
1979年11月にはイラン革命政府が米国に亡命していたパフレヴィー2世の身柄引き渡しを要求したところ、米国が拒否しました。革命支持派のイラン人学生が激高して、テヘランの米国大使館占領事件が起きました。人質となった米国大使館員は50名にも上り、1979年11月4日から実に444日間にわたる1981年1月20日まで続きました。占領から解放に至る経緯については、2012年アカデミー賞作品賞に輝いた映画「アルゴ」に描かれています。このような事件を含めてイランと米国との関係は険悪なものとなり、今日まで続いています。
革命政権は国名をイラン・イスラム共和国に改め、イスラム教シーア派の宗教指導者が管理指導する国家になりました。明確な反米国家となり、国際石油資本(メジャーズ)が撤退したのを受けて石油産業の国有化を行いました。資源保護を打ち出し、減産体制に移行したことから、価格が高騰し第二次オイルショックともいわれる事態になりました。その後、ホメイニ師が1989年に死亡し、後継になったのが今回殺害されたハメネイ師でした。
4,グローバル経済から「力こそ正義」の時代へ
米国、イスラエルの軍事力が圧倒的とみられることから、戦争の早期終結がなされるのではないかとの観測があります。しかしながら、世界の各国にはそれぞれ伝統的な価値観があります。例えば日本には長く続く天皇制がありますが、その伝統を守ることを批判する人は極めて少数しかいないのでと思います。そのように長年、国民の考えの中心になってきたものを変えることは簡単ではありません。自国の伝統や文化を守ろうという力は想像以上に強いと思っています。
イランの伝統的宗教であるイスラム教シーア派の教えを急に捨て去ることは考えづらいものがあります。武器や戦力が圧倒していても、人々の思想や精神を変えることは難しいものがあります。そう考えるとこの戦争の早期終結は難しく、オイルショックが再発する可能性は高いのではと思うのは私なりの考えです。トランプ大統領の声明は、国際的なメッセージではなく、米国国民に都合の良いメッセージを伝えているに過ぎないのではと思います。その面でもアメリカファーストです。
実は体制が変わるときには、現政権の衰退の兆候はありますが、実は伝統的思想や文化に回帰しようとする勢力が力をつけていきます。日本でも幕末から明治維新には、王政復古、尊王攘夷という日本の伝統的思想や体制に回帰しようという動きが力を持ちました。このように革命的な変化が起こるときでさえ、伝統に回帰しようという考え方が、改革の力になることが多いと思います。
世界はグローバル経済の進展で、グローバル展開を進めやすかった新興の産業であるIT企業が世界を引っ張る存在になりました。特に米国のビックテックと言われる新興企業がグローバル化の波に乗って、急速に拡大しました。米国のIT企業などは世界中の富を収集することで、巨大企業に成長しました。その富が一部の経営者層や富裕層に集中しました。その反面、米国の製造業は、中国など生産コストの安い国に移転をしたことで、ラストベルト(錆びついた地域)と言われる製造業が廃れた地域が生まれ、そこで働いていた人を中流から下流に没落させました。グローバル経済の功罪がここにあります。
その中で世界の強国が変化し始めました。その当時2013年にオバマ米国大統領が、「米国は世界の警察官ではありません。我々の力ですべての悪を正すことは不可能なのです。」と演説したことがありました。その3か月後の2013年12月に習近平の中国が、南シナ海の埋め立てに乗り出しています。更にその3か月後の2014年3月、プーチンのロシアはウクライナのクリミア半島を併合する動きに出ました。中国、ロシアは米国の変化を敏感に察知していたと思われます。
それと同時に伝統的な考えに回帰する方向で国民をまとめるようになります。以前のような大ロシアに戻そうという動き、東スラブ民族(ロシア、ウクライナ、ベラルーシュ)を一体として浚えたいという願望がウクライナ侵攻に影響しています。また、ロシア革命(社会主義革命)では否定された宗教ですが、プーチンはロシアの伝統的な宗教であるロシア正教を活用して、民族をまとめる手段として利用しているように思えます。
習近平の中国も国民をまとめるために、世界に中心として輝いていた時代を取り戻そうと国民に幻想を与える政策に力を入れています。中国には「百年国恥」という言葉があります。この言葉は1840年の英国によるアヘン戦争から、1949年の中華人民共和国成立までの期間を国の恥の期間とする考え方です。中国が欧米列強や日本から侵略を受けたり、不平等条約を締結されるなど、領土や主権を失った国の恥の期間として捉えています。
習近平の中国は、その恥をかかないために強国になることを宣言しているのです。陸と海のシルクロードを復活させようとする近隣諸国を巻き込んだ経済圏構想「一帯一路構想」、「中華民族の偉大な復興」などの中華中心主義を旗印にしています。同時に大中華圏構想と言って中国大陸、香港、マカオ、台湾、シンガポールなど華人・華僑が経済的・文化的なネットワークを共有しようという構想も掲げています。昔の力の強かった国に戻そうという理想を掲げて国民をまとめる手法はロシアと同じように見えます。ロシア、中国は共に「力こそ正義」と考えているのでしょう。
一方のトランプの米国も力による政策を展開しています。米国の関税も米国の支配がおよび国には、一方的に関税をかけて利益を米国に還元させようとしています。しかし、専制国家ではない米国は、国民の分断が深刻になっています。米国が世界の警察官を降り、中国やロシアが反転攻勢を許している背景には、皮肉にも冷戦終結、民主主義陣営の勝利が影響しているとの考えがあります。その理由は、冷戦後のグローバル化により米国は空前の繁栄をもたらしたものの、製造業の海外移転など衰退の要因を内包していました。それに付け込んで、中国やロシアが専制的に国民をまとめることで、力により権威主義的な政治によって権力者が求める方向に向かっています。
米国はグローバル化によってビックテック企業が躍進して、世界を支配できるようになりました。その中で貧富の格差も急速に拡大しています。もはや米国は格差大国の筆頭格です。この結果、国民の反発も広がっているのです。その民衆の動きをうまくとらえたのは、SNS戦力が巧みなトランプでした。「Make America Great Again」(米国を再び偉大に)、頭文字をとって「MAGA」を旗印に大統領選に当選したのです。トランプ大統領の主張は、「世界の警察」として世界のバランスを保つ役割は放棄して、自国のための政治を追求することに見えます。その代表的な政策が、移民の排斥や国内への産業移転を進める政策です。しかし、製造業に復帰できる人が米国にいるのでしょうか?移民を排除して米国民が製造業に回帰できるとは思えません。米国はビックテックや金融の成功に一部の富裕層が浸りきっています。
グローバル化した社会から国内産業が空洞化した先進国は、国内の諸問題に足を取られて、国外における責務を積極的に果たせなくなっています。その中で権威主義的な国だけが、周辺の諸国に対して、力による「弱肉強食の世界」を作り上げています。力が国同士の信義をなぎ倒すような時代を迎えて、強者は好きなように力をふるい、弱者は耐えるしかない時代を迎えているように見えます。力による支配を強める国は、かつての繁栄を取り戻そうという幻想を追い求めるようになります。それが正義となれば、ちょっとした出来事をきっかけに、火の粉が拡がらないとは限りません。このような時代が何をもたらすのでしょうか。かなり心配な時代になってきていることを感じます。
以上

