円安日本の現実と知っておくべき地政学的変化

1,日本帰国時PCR陽性者の帰国現場から

ベトナムを訪問する日本人の場合、2022年3月15日から、15日以内の滞在ならビザなしでの滞在ができるようになりました。当初はPCR検査の陰性証明書や健康観察アプリの入力も不要になり、ベトナムに渡航する日本人が増えましたが、当初の予想ほどではありません。それには航空券の高騰と円安が影響しています。

 実はビザなし渡航には落とし穴がありました。9月6日までは日本に帰国する人は搭乗の72時間以内のPCR検査の陰性証明書を提示することが求められていました。そのPCR検査で陽性になる人が頻発していました。陽性になった人は予定していた航空便に搭乗できません。陰性になるまでホテル等で待機して陰性になるのを待つしかありません。一旦陽性になると平均1週間程度が陰性になるまでかかります。その間にビザなし滞在を認められている限度である15日間を超えてしまいます。

 ベトナムでは以前ほどPCR検査が行われていません。調子が悪い人は多少休んで熱が下がれば仕事に復帰します。特に無症状の人も多いのですが、何もしていません。そのため渡航した日本人がどこかで感染してしまうのです。帰国予定の日本人もPCR検査で陽性といわれて困惑しています。

 帰国予定が変更せざるを得ないこと、いつ帰国できるかわからないこと、その間に大幅に費用が追加されるなど、思ってもみない困難に陥ります。特に心配になるのはオーバーステイという法律違反になることです。日本にいる外国人も不法滞在になり、強制送還される人もいます。それと同様に帰ろうとしても帰れない日本人が不法滞在になるのです。この7月からオーバーステイになり不法滞在扱いになる方の帰国の支援を始め様々なことを知りました。

 驚きの一つは陽性になった人に陰性証明書が発行できるという話が出てくることです。日本企業の方はコンプライアンスを重視する考え方が定着していますので、そのような話を断っています。ただ、世界ではもう既にPCR検査ができる施設がほとんどないところもあると聞きます。やむを得ないので、高い費用を出して検査をしていたという話も聞きました。日本に入国するための72時間前のPCR検査は、外国人の日本入国を阻み、帰国する日本人には大きなハードルになっていました。ベトナムのPCR検査をする医療機関には、日本人と抗原検査を求められている韓国人がほとんどでした。そのようなこともあり、日本政府は9月7日からはワクチン接種3回接種の証明がある人は、PCR検査を求められなくなりました。ようやくほかの国に近くなってきました。

今までの日本政府の水際対策をまとめると、海外に出ている日本人にとっては大きな障害になっていたこと、また、円安日本に旅行したいと思っていた外国人にとっては、日本は選択肢から外さざるを得ない国になっていたということです。

2,急激な円安の原因とそれがもたらすもの

 ところでこの原稿を書き始めた9月7日は急激な円安が進行しています。概数ですが1USD=144円になっています。2年半前の2020年3月9日は、1万円を両替すると98USD程度でした。ところが今1万円を両替すると69USDにしかなりません。なんと2年半で30%も下がっています。海外から日本に輸入されるものの価格は30%程度上がってしまっています。

 世界でも国際政治の問題で物価が上がり始めています。世界がコストプッシュインフレになってきています。そこで物価上昇を抑えるために金融引き締め(金利を上げる政策)を行っています。金利を上げるということは市場に出回るお金を少なくすることです。しかし日本は金利を上げる政策はとりません。理由は金利を上げると、借金をしている人の生活は困難になること、また企業がお金を借りることができなくなり、倒産に危険があるからです。

 しかし、最大の要因は国の借金が膨大だからです。2022年度国債残高は1000兆円を超えました。国の借金は日本の年間のGDPの256%にもなっておりますが、この借金の多さの比率はベネズエラの300%に次いで世界第2位の水準です。多くの先進国が100%前後である現状から大きく乖離しています。日本では金利を上げれば、国の借金が膨大になってしまいますから、ほかの先進国が上げても日本は上げられなくなっています。日本は長い間、金融緩和政策を続けて景気回復を図ってきました。この政策はお金を大量にばらまくことで経済を回そうとする政策で、アベノミクスという名前で呼ばれていました。

 消費者物価の上昇とともにもう一つ大きな問題になっていくだろう要因が存在します。外国人留学生や技能実習生のアルバイト料や給与を母国に送金すると30%近くも減ってしまうことになります。そのような影響もあり、日本の物価はどんどん上がっていますし、以前は日本で働きたいと思っていた外国人は、日本以外を選ぶ傾向が出てきています。

 このような円安が続くことで、今後どのような問題が起こってくるかというと、日本人が円を持っていても損だと判断し、預貯金を外貨に換えようとすることです。そうなるとキャピタルフライト(資本逃避)が起こり、ハイパーインフレが発生し、物価が更に高騰することになります。中南米や発展途上国で起こっている現象です。このような急激な円安の中で、日本の価値がどんどん下がり始めているのではと心配になります。今、日本の価値の減少を食い止めるためには、外国人の観光客を増やして、円安で世界のどこよりも価格の安い商品を買ってもらうことが、日本の稼ぐ数少ない方法かと思っています。

 以前は円安になるほど日本の輸出企業は儲かると言われていました。ところが製造拠点が海外に移転していること、部品や原材料のサプライチェーンが海外に移転していることから、輸出企業でさえも、エネルギーの価格上昇、部品等の輸入価格の上昇で輸出の利益も相殺されてしまっています。かつての日本の製造業ほどは円安のメリットは得られなくなっていますが、それでも製造業には円安のメリットはあります。日本からの部品調達を選ぶ外国企業は出てくるでしょう。

3,ベトナムが進めているIT立国の政策

 ベトナムでIT企業を経営しているベトナムの友人が、日本企業向けに9月1日にメールマガジンを発信していました。その内容を一部紹介します。

 「9月と言えば、ベトナムでは卒業シーズンです。弊社は、年間通して採用面談をしているのですが、卒業シーズンのこの時期が一番採用しやすい季節となります。そこで、ふと考えたのが、『ベトナムのどのくらいの大学に情報学部が設立されてるんだろうか?』という疑問です。早速、弊社スタッフに調べてもらいました。

弊社設立した15年前の2007年当時は情報学部のある大学は、ホーチミン市では工科大学、自然科学大学、工業大学、技術師範大学などが中心で、国立が10~15校程度と私立大学が5~6校程度しかなかったように思います・・・

 それが、現在ではホーチミン市内だけで国立・私立あわせて36の大学に情報学部ができています。ベトナム全国には235の大学があり、実にその66%の155の大学に情報学部が設置されています。国内最大手IT企業がオーナーの私立のFPT大学に至っては、2022年度の学生募集人数が9,630人(約1万人)です!ベトナム全国で毎年50,000人以上の学生が情報学部系の大学を卒業していると言われていますが、国策でIT企業、IT人材育成を推進強化しているだけありますね。」

 この内容は何を物語っているかというと、それぞれの国は自国の発展のために産業育成の政策をとっているのです。国の将来像を早いうちから見極めて準備していることを示しています。ベトナムの産業政策から今後の動向として考えられるのは、自国でIT分野の勉強を積んだ人たちは、わざわざ海外に出る必要がないということです。特に円安日本で働くより自国で働くことを選ぶ人が増えるということです。世界各国が自国の将来のために戦略的な取り組みをしています。このようなベトナムではまた、ベトナムのIT企業に日本からオフショア開発を依頼している企業も多いですが、円建で費用計算している企業は急激な円安で大幅な利益の減少が起こっています。そのため日本企業からの受注を避けようと考えるIT企業が増え始めています。これが世界の現実です。

4,世界で起こり始めている地政学的変化

 ベトナムで仕事をしていると世界の地政学的な現実を感じることがあります。コロナ感染対策が緩和される中で、ベトナムに入国できる日本人は15日間まではビザなし渡航、それ以上の滞在は観光での滞在、ビジネスビザでの滞在もとめられます。ところが中国国籍の人には、ビザなしも観光ビザも認められません。日本に永住している中国人も同様です。

 最近の日本のパスポートは各ページに浮世絵の透かしが入っていますので、日本情緒を感じられ気に入っています。ところで中国の最近のパスポートには、ベトナム政府が絶対に認めない九段線(ベトナムでは牛舌線ともいう)の透かしが入っています。九段線とは南シナ海のベトナムやフィリピンの沿岸の島嶼も含む地域を囲った線です。中国の領有権を表していると読み取れます。ベトナム政府はこのようなパスポートを持った中国人の労働許可さえも認めていません。

 ところでそのような問題があるのに中国は、南シナ海に九段線を引いているのでしょうか?それは南シナ海に価値があるからです。世界の物流は9割程度が海上輸送です。海を支配できたものが圧倒的に国際経済を支配できます。遠く離れた場所でも支配するためには、ある面では軍事力が必要です。世界の大国が核兵器開発を進めているのも、軍事力が有利に働くからです。ところで核兵器はどこの保管するのでしょうか?保管している場所が特定されたら、そこが狙われるかもしれません。そこで軍事大国は特定されない深海の中に核兵器を隠す方法も取っています。その方法は原子力潜水艦です。原子力潜水艦を配置するには比較的深い海が有効です。また、物流の要所であることも有効です。その点で南シナ海は価値が高いのです。また、ロシアにとっても北方領土、クリル列島(千島列島)を含むオホーツク海も重要な海上の要衝と言えるでしょう。現在の地政学では航空圏の確保も重要ですが、海上の影響力確保も非常に重要性を増しています。

5,貧しい国はなぜ豊かになれないのか?

 日本企業の支援をしている弊社ですが、今外国人の労働許可やビザが非常にとりづらくなっています。その理由はコロナ禍の間に特別なことが起こっていたためです。感染拡大を阻止するために外国人の入国を制限していました。しかし、全面的に停止してしまうと経済が回りません。そこで特別便により、入国を許可された外国人のみが入国を許されました。私も一旦は日本に帰国して、この方法でベトナムに再入国しました。ところがこの特別の取扱いが贈収賄の温床になりました。今年になり、当局の役人やコンサル会社の経営者が逮捕されました。そのことによって、特別な取扱いがされなくなり、従来は認められていた要件未達の人の許可が取れなくなっているのです。実はこのようなことは発展途上に国ではあちこちで起こっていることです。

 それが負のスパイラルとして、国が発展できない要因になっています。その理由は次の通りです。特定の政治家が既得権を確保する構図になります。既得権を得たことによって得られる利益とは、先進国と絡んだ取引の権利を与えられ、力を持っている先進国の都合よい条件で取引がされます。当然、既得権を持った人が一定の利益を得ますが、それ以上の多くの利益はそれを利用する力の強い先進国に抜かれています。

 一方の発展途上国側の既得権者は、国に対して背任とも疑われる取引の痕跡が残らないように、タックスヘブンなどに海外に資金が流れ、国に資金が蓄積されません。資源国でありながらアフリカなど長く発展から取り残されている国の構図は、このような既得権者とそれを利用する先進国の存在が影響しています。海外の法人などに資金が流れて、権力構造が変わらないとしたら、その国にとっては良いことではありません。

 その点でいえば不適正な取引で利益を上げる贈収賄を摘発することは、長い目で見て国の発展にとっては大切なことだとは思います。しかしながらその問題解決のしわ寄せが、外資企業の経営にも影響しています。

6,日本が今考えなくてはならないこと

 発展途上国の経済が豊かにならない構図を見てきましたが、円安日本の将来像についてまとめてみましょう。今後円安が続くとしたら、日本も先進国から一歩下の地位になるかもしれません。その時に考えられるのは、円安の国なので、部品調達するためには日本から購入することは有利になります。中国やアセアンに流出している製造業のサプライチェーンが、日本に回帰することになるかもしれません。その時は日本企業の部品調達先というよりは外国企業の部品調達先としての立場になるでしょう。日本は世界の下請けになる、あるいは孫請けになるということです。力のある企業が有利な条件で取引をするようになります。

 製造業が日本回帰した時に問題もあります。労働力が不足していることです。現在、特殊な形で外国人労働者を受け入れています。留学生や技能実習生として実態をごまかした形式で行われています。しかし、円安日本で働く意味がなくなり始めています。少しでも外国人に魅力がある労働環境が実現できれば、ある程度の労働力が確保できるかもしれません。

 今回の円安は日本経済に与える影響は甚大でしょう。ただ、必ずしもプラスにはならない円安ですが、構造改革させるチャンスともいえると思います。厳しい状況を実感できなければ、「茹でガエル」のようなことが起こってしまいます。この円安は「茹でガエル」になることも許さないほど強烈です。貧しくなり始めた日本で、再び国を発展させられるか真剣に考える機会を円安は与えているように思います。既得権益だけを守ることは、途上国がいつまでも発展できない構図と同じであることを知っておくべきでしょう。今、日本で問題になっているいくつかの不祥事は変わることができない日本を象徴しているのかもしれません。

以上