日本滞在で体験した「家族・私有財産・国家の起源」

 2021年10月14日

1、久しぶりの長期の日本滞在で体験したこと

ベトナムに滞在している間に弟から相談がありました。地元の司法書士に協力いただいて調べていることがあるとのことでした。父親が93歳と高齢でもあることから、父親や家の財産がどうなっているのかを調べ始めたとのことでした。そこで分かったのは先祖が持っていた財産(不動産)の相続手続きがされてないとのことでした。

私の祖父にあたる人は、1945年4月29日に亡くなっています。戦争が終戦する4か月前です。この時期に亡くなっていることから、祖父の財産は家督相続に対象になるようです。相続対象の不動産は、それ以外に2代前の先祖名義になっている田畑やお墓周辺の土地もありました。もちろん私には名前さえも知らない人です。田舎の土地なのでほとんど現実的な価値がないと思いますが、固定資産税は父親が払い続けていたとのことでした。

ところで父親の兄弟は7人兄弟で父親は三男になります。男性は5人、女性が2人です。そのうち男性は3人がなくなっています。父の兄は二人ともなくなっていますが、今回家督相続で対象になるのは長兄です。ただ、長兄は既に亡くなっており、その子が3人いますが、その中で2人は既に亡くなっています。今回は名古屋近郊に住む唯一生存されている方のご夫婦を訪ねました。

私の地元にある不動産はとても売れるようなものではありませんが、父親が住んでおり、固定資産税も支払っていたので家督相続された財産の贈与はほとんど同意をしてもらっています。但し、亡くなった相続人の家族の連絡を取るのが難しいこと、相続人がなくなっておりその代襲相続をする子供も離婚した後で、幼い子供を残して亡くなっているケースもありました。司法書士によると未成年の子供の場合、大人の論理で相続放棄を強制することができないとのことでした。その子の相続分にあたる全財産の12分の1は金額を換算して渡さなくてはならないとのことでした。

そもそも家督とは、家父長制における家長権を意味します。鎌倉時代に家督の嫡子単独相続、遺産の分割相続が原則とされました。室町時代に両者とも嫡子相続を原則としたが、現実には完全な制度として確立しておらず、内紛が発生していたようです。そのため後に江戸幕府の絶対的な権力を背景として、家督の嫡子単独相続が確立し、ほとんどの場合は第一子の男子が、全財産を家督相続することが一般的になりました。

明治31年7月16日から昭和22年5月2日までの間に施行されていた旧民法による遺産相続方法で、被相続人である戸主が亡くなった場合は必ず長男がひとりで全ての遺産を継承・相続するのが原則とされていたものです。それ以降は新憲法が制定され新民法のもとで現在の相続人の概念が確定しました。

2、ベトナム民法の財産の考え方

ベトナムでは不動産をはじめ、夫婦が稼いだ財産は、共有財産との考え方が基本です。外国人に対してもこの規定があてはまります。結婚している人は、売却時に夫婦両方の署名が必要になります。独身者の場合でも、独身であることを証明する必要があります。結婚しているか、していないかを証明するためには、日本人であれば戸籍謄本(原本)によって証明することになります。

デベロッパーから購入する場合は、買主が購入代金を支払い、物件の引き渡しが完了し、サインをした時点で所有権が移転されたとみなされています。建物所有権(ピンクブック)の発行時に残金の5%を支払い、購入代金が完済することになっていますが、現状ではピンクブックが発行されていないので、事実上所有権の移転は引渡し時期とみなされています。中古物件の所有権の移転は、売買契約締結後、デベロッパーを通じて建設局のウェブサイトに掲載する情報を通知することにより移転手続きが可能です。

所有者から第三者に売却する手続きを支援する場合は以下の書類が必要になります。

〇売り主側が提出すべき書類

 ・不動産購入契約書

 ・購入資金支払時の領収書

 ・物件引渡し証明書

 ・売主とその配偶者のパスポートコピーの公証・認証版

 ・婚姻届提出の配偶者が記載されている戸籍謄本(独身の場合も必要)

 ・配偶者による個人財産確約書(所有者の財産であることを承知していることを確約

する書面)

 ・手続きなどをベトナム在住者に委任する場合は公証認証した委任状

このようにベトナムでは、どちらかが稼いだ財産であっても、共同の資産とみなされ、配偶者の承諾なしに財産の売却することはできません。その点でもベトナムは、男女の格差はほとんどなく、日本に比べて女性社長も断然多くいます。夫婦を起点にして、その子供たちを守っていくと言う考え方が非常に強い社会になっています。日本の場合は家族主義がやや薄れている印象がありますが、ベトナムの家族は絆が強いです。

3、ベトナム人の離婚は少なくない

ベトナム人は家族の絆が強いことを伝えましたが、若干変わりつつあるかもしれません。貧しいからこそみんなで助け合う必要があったので絆が強かったのかもしれません。

最近はベトナムでの裕福な人が増えており、自分勝手な考えをする人も増えているように思います。

 ベトナムにいるとベトナム人女性は自己愛が強いと感じることが多いです。Facebook、You TubeなどのSNSへの投稿も盛んです。ベトナム人の女性は、自分の写真をフェイスブックに投稿することが大好きです。結構加工も得意技で、本人かどうかを瞬時にわからないこともよくあります。そんな写真好きなベトナム人ですが、街を歩くといろいろな場所で、モデルばりに写真撮影している女性の姿があちこちにあります。

彼氏や夫をカメラマンのようにしたがえて、フェイスブック用の写真をとっている人があふれています。ベトナム人の男性にとっては彼女や奥さんの写真を撮ることは任務です。それは当たり前のことです。それだからこそ、旦那の浮気がばれたときや男性が親切にしなくなったときは、女性は攻撃的になります。その点でも女性はかなり強いです。

 家族を大切にするベトナムではありますが、自己愛に溢れた人が多い分、ベトナム人の離婚率は決して低くはありません。ベトナムの離婚率は40%の大台を超えたと言われています。 3人に1人は離婚するのだそうです。日本の離婚率を遥かに上回っています。

それではどのように離婚が進められるのでしょうか?もし仮にベトナム人と日本人が結婚したとし、日本に住民票がなく、2人ともベトナムに住んでいる場合には、ベトナム婚姻家族法に従い、離婚手続きが進められます。

 このベトナム婚姻家族法によると、裁判離婚が必要であり、お互いに離婚に同意している場合であっても日本のように当事者同士の合意だけで協議離婚することはできません。国際離婚、国内離婚を問わず、いずれも裁判所が関与します。

日本では夫婦いずれからも離婚をしたいと思ったときに離婚の請求ができます。 しかし、ベトナム婚姻家族法では、子供の福祉という観点から、妻が妊娠中または12ヶ月未満の子どもを養育する期間中は、夫は離婚を請求できません。また、離婚後は父母双方とも引き続き養育義務を負います。直接の養育につき相互合意できない場合、裁判所がいずれかを選任しますが、子どもが3歳以下の場合、親権は原則母親に付与されます。

 協議離婚の場合、夫婦が合意の上で裁判所に申立てをし、夫婦が真に離婚を望んでおり、財産分与と子どもの監護等に関して双方が合意した場合、裁判所は協議離婚を承認します。但し、日本の離婚調停のように迅速に処理されるわけではなく、申立てから裁判所の承認までには相当の期間を要します。裁判所が離婚判決を出すと、結婚は裁判所の離婚判決または決定が効力を生じた日に終了します。裁判所は、離婚判決または決定を県級法務課に送付します。

そのように手続きが大変、かつ時間がかかっても離婚する人が多いのです。そのひとつの要因には、ベトナムの労働法では女性の保護の規定が多いのも要因かと思います。出産後の出勤については1時間遅く出勤することや1時間までに退社することができます。また、妊娠中の女性を解雇することは禁止されています。

ベトナムのオフィスに行くと圧倒的に女性が多く働いています。ベトナム人女性の就業率は高く、男性よりも正規社員の雇用が多いと思います。その点からも女性が独立しやすい社会環境が整っていると言えます。

4、エンゲルス「家族・私有財産・国家の起源」から

話は飛躍しますが、家族や財産のことを考えていたら学生時代に読んだ本の記憶がよみがえってきました。フリードリヒ・エンゲルスの著書に「家族・私有財産・国家の起源」という代表作があることです。カール・マルクスと共に活躍したマルクス主義の思想家です。私も大学生の時に読んだことがある本ですが、覚えていることを簡単に伝えます。

婚姻制度、家族制度、私有財産の制度と国家とは、元来からつくられたものでなく、支配する側が都合よい秩序を作るために形成されたものであるという考え方です。

そもそも文明以前の原始社会では、基本的に男女平等で貧富の格差がない、協力しあう社会でした。みんなが協力できる家族制度であり、財産は共有で私有財産はありませんでした。協力すること以外に人々が幸せになる方法はなく、基本的に平等な社会でした。

それが変化するのは農耕と牧畜の発展により、富を蓄積できる変化があったことによります。権力を持ち支配できる立場を築いたものが、土地や動物を所有ができるようになったのです。また、農耕と牧畜は男性の役割を増大させたといいます。筋力を持った者の方が農耕と牧畜を支配できたのです。富の蓄積が可能になると富を持ったものが、他の勢力に富を奪われない制度設計をします。例えば奴隷制を導入し、より一層の財産を確保して、強い権力を持つようになります。それが国家として機能するようになります。

売春という職業もこのころから発生しているといいます。富が蓄積する中で富を譲渡するためには、移転する先が明確にするためには婚姻関係は一夫一婦制が妥当だったといいます。多くの人を愛することは、祖先への財産を費消することになりますので、単婚が定着し、財産分与に影響しない売春が制度化したと考えます。富を子孫に残すために一夫一婦制になったということです。

男女の差別も、富める者と貧しい者の固定化も、権力維持のための装置だと言うのがエンゲルスの考え方です。富の集中を固定化するために、搾取する側とされる側の分断を確定するために、それぞれの家族制度や私有財産の制度を変えていったという考え方です。搾取される階級を固定化する仕組みが国家だという考え方です。支配する勢力は現状の体制を守ろうとするので、支配される側が階級闘争によって制度を変える必要があるとしています。

家族制度も私有財産の制度も歴史上のある条件の時にのみ成り立つもので、その条件が消滅すれば、必然的に変化するものだと主張していました。富を維持するためにも支配的となる家族形態は単婚であり、男性の女性に対する支配であり、社会の経済単位としての個別家族となりました。文明を総括するのは国家であり、この国家はいつも例外なく支配階級の国家であり、どんな場合にも本質的には、抑圧され搾取される階級を抑制するための機関であることには変わりはないとの考え方がエンゲルスの思想です。

5、日本の保守派の家族観

「お父さんとお母さんと子どもがいて、お爺ちゃんとお婆ちゃんも含めてみんな家族だという家族観と、そういう家族が仲良く暮らすのが一番の幸せだ、そのような価値観は守り続けていくべきだ。」そんな考え方を示しているのは、元首相の安倍普三氏の著書、「美しい国へ」の中で書かれていることです。

基本的に大家族制を前提の考え方であり、大家族制の方が理想的な家族形態と考えているように思えます。大家族制を維持するためには、一族固有の事業があり、その事業の相続は、家督相続のような考え方がないと財産分与のたびに家がどんどん壊れていきます。ある面でサラリーマンばかりの社会より健全かもしれません。背景には徳川15代が続くような家督相続が前提の考え方のように思われます。長く続きことができる美学が、美しいものと考えている節があります。

しかしながら、高度経済成長時代に人々は、より安定した収入を求めて、企業が活躍する大都会に職を求めて移動しました。その結果、核家族化が進み、親と子供は別の家に住み、高齢者が地方に取り残されていきました。高齢者のみになった社会は、高齢者がなくなると空き家になってしまいます、私の実家の付近でも空き家がいたるところにあります。しかしながら、家族とは本来、大家族で生活することが理想と考えると、それぞれの財産を固定化し、家族がはなれないような家の事業を維持していくことで財産は引き継がれます。家で継続的な事業ができることは魅力的な面もありますが、時代の変化により簡単ではありません。一族も長く維持すること自体が難しくなっています。祖先のお墓さえもう守られなくなっています。

このような考え方は、エンゲルスと違い日本の伝統的な家族の在り方が日本を作ってきており、その秩序と伝統を守ることが日本の取るべき道だという考え方です。2020年からのコロナ禍は社会の在り方を大きく変える可能性があります。在宅勤務の普及は異動しなくても業務ができることを示しました。人が少ない地方にいてもオンラインやインターネットを活用できれば、人とつながることができます。また、地方には広い土地がありますから、有効活用することもできます。大家族制の家族形態ができる可能性はあります。何が正しいかは今後の歴史の変化の中で、その時の人間が生活にとって必要な方向で変わっていくと思いますが、権力者の都合で変わっていくのでしょうか?

先日矢野財務省事務次官が、「このままバラマキ政策を続けていたら国家財政は破綻する」という趣旨の文税春秋への投稿がありました。確かにコロナ禍で補助金や助成金がたくさん出されています。このような政策の裏側では、政治家が口利きをして支持者に利益が回るように権力を使うことも多いと思います。政治家は支持者からの依頼を通すことが選挙にも生きてきますので、役人とのネットワークを生かして全力で取り組みます。その力があるかが大物政治家になる道筋です。

今回、久しぶりに長期間日本に帰国することができたことで、家の財産や相続のことを考えるきっかけを得ることができました。人口減少が進む日本ですが、日本がどんな国にしていくべきなのかどうか、10月31日に衆議院選挙が行われるようです。海外で在外選挙をしてきた私ですが、今回は在外投票の時期にベトナムにいられません。また、住民票が日本にないので、今回は投票できません。投票できないのは残念ですが、この選挙は日本の将来を考える上では重要性が高いと思います。

以上

投稿者プロフィール

西田 俊哉
西田 俊哉
アイクラフトJPNベトナム株式会社・代表取締役社長。
大手生命保険会社に23年の勤務を経て、2005年に仲間とベンチャーキャピタル・IPO支援事業の会社を創業し、2007年に初渡越。現在は会社設立、市場調査、不動産仲介、会計・税務支援などを展開。