なぜ円安が常態化しているのか?~ ~円安日本が生き残る方法 ~

1,海外に出稼ぎに出る日本人が増加する理由

 日本から海外の出稼ぎに出る人が増えていると言いわれています。JNTO(日本政府観光局)が発表した統計によると2022年12月推計値で2022年に日本を出国した日本人の数は277万に上り、前年の51万人の5倍以上に増えているようです。当然ですが新型コロナの感染に関する規制が緩和されていることは増加した理由のようですが、それだけが理由でないようです。海外旅行者はコロナ前に比べて減っているようですが、それ以外の目的での出国が増えているようです。

 海外に出る人の中では当然観光目的や、出張目的の日本人は一定数存在します。しかし、最近の傾向として留学やワーキングホリデー向けのセミナーの参加者が急増しているようです。海外に出てアルバイトをして稼ごうとする人が増えているのです。それではなぜ海外に出ようとする人が増加しているのでしょうか?それは明らかに円安の影響があります。2022年初めに1USD=115円台でしたが、FRB(米連邦準備制度理事会)による大幅な利上げを受けて、円売り・ドル買いが進んだことが理由です。今や1USD=150円程度になっていますので、1990年8月以来の円安水準です。

 円の価値が安くなると外貨の価値は上がります。そのため海外で働けば現地の通貨で給料がもらえます。日本円に比べて高い外貨でもらい、日本円に換算すると有利になります。例えばアメリカで3,000USDの給料をもらうとします。1USD=115円の時は日本円に換算すると345,000円になりますが、1USD=150円で計算すると450,000円になります。もらえる外貨は同じでも円の価値が低くなるとことのようなことになります。日本人は海外に出ますが、日本に来ている外国人労働者は逆の状態になります。円を海外の通貨に換算すると大幅に目減りすることになります。その様な理由から外国人労働者の日本離れは、今後深刻になるものと思います

 同様に円安は輸入品の価格高騰に直結し日本の食料品や衣料品など海外から輸入しているものは価格が大幅に上がります。このように円安の弊害はあちこちで起こっているのです。弊社のお客様にはベトナムで不動産を所有して賃貸をして収益を上げている人がいますが、その人たちは外貨を日本円に変換すると以前より利益が上がっています。そのようなことができるのは一部の人ですが、今逆に海外に投資をするのは厳しい状況です。これらの人々は円高の時に投資したので恩恵を受けているだけなのです。

2,なぜ日銀は他国のような利上げをしないのか?

 日本の円安が進むのは最大の要因が日本とアメリカの金利差です。アメリカは記録的なインフレを抑え込むために利上げを進めています。それに対して日本は長期金利をゼロ%近くに抑えて大規模な金融緩和を継続しています。その影響で金利が低い日本円が売られてドルが買われることになります。それではなぜアメリカは金利を上げるのに、日本はそれをしないのでしょうか?

 アメリカは失業率が低下し、就業者や賃金の伸びも堅調で金利を上げても景気を冷やすことはないと思われています。そのためインフレを抑えることが、今すべき課題なのです。インフレを抑えるために、金利を上げる政策が取れるのです。常時賃金が上がっている社会ですので、金利が上がったところで個人消費は堅調で、経済の失速はあまり心配がいりません。雇用が維持されている限りでは、個人の購買力は低下していきません。また、有事のドル買いという面もあるようです。ロシア、ウクライナ戦争が継続される中で信頼できるのはドルだという考え方も根強いです。ごく最近はイスラエルとパレスチナの問題も深刻になってきているのでなおさらでしょう。

 それに対して異次元の金融緩和政策をとっていた日本については、企業の個人も金利が低いことに慣れてしまっているため、、金利を上げることで誰もお金を借りなくなり、より一層投資には向かうことはないでしょう。日本経済の最大の問題は、金融緩和しても経済成長しなかったように、新たに投資をする材料が不足しているのです。新規の投資をしようという発想も乏しいのではと思います。唯一あるのは住宅ローン金利が安い今、不動産投資をしようと思うことくらいでしょうか。日本経済の構造的な問題が解決していない結果だったような気がします。

 また、物価高よりも賃上げが遅いことで、購買力も上がりません。結果的に金利を上げることで、さらに景気を冷やすことになる可能性があるのです。日銀は日本経済の回復を優先するため、物価が上昇していますが、物価対策に手を打つことができないでいるのです。そのため金利を上げるとさらに日本全体でお金を使わなくなってしまいます。また低金利でお金を借りた人が返済できなくなります。その結果、一層の経済の低迷を招くと考えていると思います。

 金融緩和の手法は日銀が市場の国債を買い取り(買いオペ)によって、通貨量を増やすのが量的緩和です。国際の半分近くを所有している日銀は政府の財政を支えているものの、金利を調整できる立場は失っているように思えます。国債の金利が上がれば日銀の持っている負債が膨れ上がることも金利を上げられない理由でしょう。

 重要なことはほかの国が金利を上げているのに、日本だけできないということは、世界の方向性と違ってしまっていることです。時に日本の経済や産業が世界のトレンドに合わなくなっている可能性があります。異次元の金融緩和では新しい産業が生まれるよりも、ゾンビ企業が延命しただけなのかもしれません。技術進歩や産業構造の変革ができないまま10年以上が経過しました。また、労働力不足は国際的に批判がある技能実習生制度で何とか賄ってきましたが、それも今のまま継続できる状況ではありません。いずれは特定技能に収束していくことになり、転職の自由を認めざるを得ないことになるのでしょう。

 このような現象は近隣の韓国や台湾と比較しても、日本のGDPは下がり続けています。日本はデフレ経済に陥っている間に2015年には賃金で韓国に抜かれています。デフレ経済で賃上げしなくてもよい時期だったこともありますが、経済が活性化せず止まっていたと言えるのではないでしょうか?

3アベノミクスとは何だったのか?

 円安によりアルバイトで海外に出る日本人が多くなっていること、他の国の金融政策に歩調を合わせられない日銀の判断を見てきました。今日の状況の中で、「アベノミクス」とは何だったのかを再考してみようと思います。必ずしもすべてを批判的に捉えているわけではありませんが、副作用もあったということだったように思います。

 アベノミクスは「三本の矢」で構成された政策です。第一の矢は「大胆な金融政策」です。第二の矢は「機動的な財政政策」です。第三の矢は「投資を促す成長戦略」です。その中で特に積極的に進められたのが、第一の矢「大胆な金融政策」でした。これにより今まで極端に円高傾向だった状況が改善し、株安の是正も進んで面があります。その当時の日本経済の状況から、大胆な金融健和は一定の経済回復に寄与した面はあったでしょう。

 第二の矢「機動的な財政出動」、と第三の矢「投資を促す成長戦略」は、第一の矢に比べると印象が薄いと思えます。第二の矢「機動的な財政出動」は、財政問題を抱えていた日本では、税収確保のため消費税増税に手を出さざるを得ませんでした。増税したその分を財政出動したとしても所得の再分配の意味しか持たず、社会保障費が年々増大する、あるいは災害が年々激甚化し、安全保障環境も厳しくなる日本では、財政出動の意味は経済政策の側面では限られた効果しかありません。

 第三の矢「投資を促す成長戦略」に関しても、民間の状況は次のような状況だったように思います。デフレ経済の下、企業は積極的な投資を控え内部留保することで将来のリスクに備えようとしました。企業としてはデフレ経済下新たな投資をする対象が見つからないと考えたこともあるでしょう。また、労働者の賃金もデフレ経済の中で引き上げは行われませんでした。それにより世界とのトレンドは大きく乖離していきました。そのようなこともあり、三本の矢の中では第一の矢「大規模な金融緩和」だけが突出した印象があります。

 アベノミクスの基本的メッセージは、「経済成長なくして財政再建なし」です。ところが経済成長も財政再建も実現されてないのが実情です。公的債務の残高がほかの先進国から見ても突出して高い日本では、財政再建の重要な政策課題ではあります。ところがお金を「じゃぶじゃぶ」にしても、積極的投資に向かわなかったことが経済成長のない、経済対策に終わってしまったと言えるかもしれません。積極的にお金を使って事業を拡大する方向に向かわない日本経済や企業の体質上の問題があるのではという気がします。

4,日本経済が低迷するのは日本人のメンタルが影響?

 最近目にした記事で面白いと思った記事がありました。NEWSWEEK日本版に載っていた記事なのですが、「十分な内需があるはずの日本が、他の先進国のように成長できないのは日本人のメンタルにある」という大阪大学社会経済研究所を中心とするグループの研究です。

 日本経済はバブル崩壊以降、30年以上にわたりほとんど成長できない状況が続いています。成長できなくなった最大の理由は、経済の屋台骨だった製造業がグローバル化とIT化の波に乗り遅れ、国際競争力を失ってしまったからです。ただ、成熟した先進国は豊かな消費市場が育っているので、輸出競争力が低下しても国内消費で成長を継続しているケースが多いと言われています。ところが日本でも十分な内需があるはずなのに国内消費は低迷し、低成長の元凶になっているようです。給与が上がらない面は当然あるでしょうか、この研究では経済学と脳科学の組み合わせにより新しい研究成果が表れています。それは、「日本人は諸外国と比較して意地悪な人が多く、他人の足を引っ張る傾向が強い」というものです。

 いったいどういう意味なのでしょうか?この研究チームの被験者に集団で公共財を作るゲームをしてもらったそうです。日本人はアメリカ人や中国人と比較して、他人を他人と割り切れず、相手の行動を自分と比較して自分と異なる場合、邪魔する行動が多いという結果が得られたそうです。日本では何か新しい技術やビジネスが誕生するたびに、声高な批判が寄せられ、スムーズに事業展開できないことが多く、その間に他国が一気にノウハウを蓄積して事業化してしまうようです。日本では成功者は基本的に妬まれるので、経験を積極的に他人には語らず、成功のロールモデルも共有されないので、消費経済が活発化しないとしています。

 このグループの研究では、「新型コロナウィルスに感染するのは自業自得」と考える人の割合は、日本人の11.5%、中国人は4.83%、アメリカ人は1%とかなりの大差になっています。日本人の人を見る目に意地悪さが滲んでいるようです。従来の経済学は、人間は合理的な行動をするとの原則で理論が考えられていますが、メンタルな部分での本人の短所もあぶりだされているようです。

 企業の投資意欲の問題や消費経済の低迷は根本的には日本人のメンタルにもよるとしたら、メンタルの改善も必要なのかもしれません。この部分の改善が、成長期の日本が持っていた成長意欲を導き出せれば、どこかで日本の反転攻勢は可能になるかもしれません。日本人の年収が韓国に抜かれて数年過ぎますが、スポーツの世界では逆に韓国に勝てるようになっています。今のままではいけないという意識が物事を変えるきっかけになるのかもしれません。

5,日本が今できる限られた経済運営

 ベトナムにお越しになる出張の日本人にお話をすると一様に驚かれるのが、2023年ベトナムはコロナ禍当時よりも景気の低迷に苦しんでいるとの話です。低迷の要因は主に二つあります。不動産投資の急停止による信用の収縮と建設資材や工事事業者の業績悪化です。また、外需の低迷による輸出入の減少です。輸出に依存していた製造業者は苦境に陥っているのです。その中で医薬品関係は好調に推移しているようですが、特に外需に向けた輸出品の製造にかかわる事業者は極端な落ち込みに苦しんでいます。

 新型コロナ禍が終了して一応サービス業が回復しはじめているので、今後ベトナム経済も上昇してくるとは思いますが、労働集約型のアパレルや履物製造の躍進が難しいこともあり、産業構造が変わるきっかけになるかもしれません。2023年に関しては従来にない落ち込みが避けられないのではと考えています。

 ところで今のベトナム経済の低迷から、日本の低迷の理由が推察できるのではないかと思います。ベトナムは付加価値の低いアパレルや履物など低賃金の労働集約型の事業だけでは限界が近づいているようです。環境の変化に対応する新戦略を実行できるかどうかです。いいままでの成功体験ではうまくいかなく始めたときに、従来の方法を変える勇気が必要です。ベトナムにそれができるかを問われています。

 一方で日本は少子高齢化やデジタル社会への移行が必要になっていた中で過去の成功してきた企業に依存したままで進んでいました。日本はこの間のデフレ社会に突入し、内需が縮小していきました。内需な縮小した理由には、日本人の年間の所得水準が低下していることがあげられます。特に所得水準の中央値とされる最も多数を占める層が、1994年の505万円だったのが、2019年には374万円にまで大幅に低下しているようです。言ってしまえば二極化がどんどん進み、低所得の層が大幅に増加したと考えることができるでしょう。

 この現象とアベノミクスの「大胆な金融緩和」政策のミスマッチが、効果を限定的にしたのではとも思えます。なぜならば、大企業などは投資をしても販売が増えないことから将来のリスクに備えた内部留保の蓄積を進めたこと、低所得者層に関しては金利が安くてもお金を借りて消費をするようなリスクは取れなかったことです。「大胆な金融政策」を打ち出しても、うまく利用できる人は限られていました。金融緩和をしても資金需要を活用できる人は少人数で、活用できない人が増えているのです。

 「大胆な金融政策」の長期の継続により円安が加速している中では、国際的に日本経済の位置づけが低下しています。以前のように海外で投資をして将来の配当の日本で受け取ることに期待をすることもできません。円安が意味を持つのは、海外から日本に来る外国人によって、日本で物を買い、サービスの提供を受けるとほかのどの国よりも安いことです。観光収入によって収益を上げる努力をして乗り切るしかないともいえる状態です。長い歴史や文化を保存し、社会インフラを整備してきた日本は諸外国に誇れるものはまだたくさんあります。そう考えると日本が生き残るすべは失っていません。「腐っても鯛」でいられるのは、貴重な遺産を与えてくれた先人たちのお陰かもしれません。

 それ以外では、日本は海外で評価されるもので勝負をしなければなりません。輸出できるものを増やすということです。その中で日本は新しい産業の育成に後手を踏んでいます。特に人口減少なのでIT化は急務かと思います。現状を見ていると発展途上国の方がIT化を進めいている部分もあります。また、新型コロナ渦中ではとうとう日本初のワクチンは開発が間に合いませんでした。その辺にも日本のイノベーションが進んでいない実態を現しているのではと思います。このような円安は製造業に日本回帰のチャンスでもありますから、新しい産業に育成にこそ日本は力を入れるべきと考えています。日本は先進国とは言えない地位に転落するのは、再浮上のきっかけをつかむか正念場を迎えているように思います。

以上

投稿者プロフィール

西田 俊哉
西田 俊哉
アイクラフトJPNベトナム株式会社・代表取締役社長。
大手生命保険会社に23年の勤務を経て、2005年に仲間とベンチャーキャピタル・IPO支援事業の会社を創業し、2007年に初渡越。現在は会社設立、市場調査、不動産仲介、会計・税務支援などを展開。