マネー潮流の変化と日本経済の今後

1,日本帰国で感じた日本企業の課題の変化

 通常旧正月(テト休暇)の時期は日本に帰って、親族への対応やお客様訪問をするための時期として使っています。今年も1月31日から2月13日まで滞在しました。お客様訪問先では日頃お世話になっている企業や新規の相談をいただいた企業様に訪問をしてきました。

 ベトナムの企業をM&Aをし、日本で成功しているビジネスモデルをベトナムでも展開しようとしている企業、本業以外の収益を見つけようと海外に視線を放っている企業、コロナ禍で止まっていた事業再開に向けて準備をしている企業など様々な取り組みをしている企業の話を聞きました。

 今まで変化に乏しかった日本経済ですが、急激なインフレや人手不足に苦しんでいる企業も数多く存在することを知りました。物流業界の「2024年問題」における働き方改革から派生する労働時短の問題と人手不足は、もはや物流業界だけの問題ではないことも知ることができました。

 合わせて日本滞在中に技能実習制度から育成就労制度に移行し、転職を1年から2年の勤務で認める方向性になることが報道されていました。国際的批判の強かった転職を認めない技能実習制度を廃止して、一定の基準で転職を認める制度は変わっていきます。以前の制度は、技能を身に着けて母国で生かすための国際貢献との建付けでしたが、今回の目的は、外国人の人権保護、外国人のキャリアアップ、安全・安心な共生社会のための制度との建付けになります。

 一方、調達コストの上昇で利益を出すのに一層苦労している企業もありました。今まで給与のアップを抑えることで価格競争を何とかしのいできましたが、生活必需品もどんどん上昇する中で、給与を上昇させなければ実質賃下げになってしまいます。もし企業が今まで同様、給与アップを避けていたならば、給与を上げてくれる企業に転職することが当たり前になってくるでしょう。今まで変化の乏しかった日本経済が変わるきっかけになるインフレではないかと思います。

 日本社会はゼロ金利政策の長期化の中でデフレ社会になってしまいました。本来金利ゼロにすれば、設備投資をして事業を拡大するチャンスと考えるものです。しかし、デフレはその考えを打ち消しました。デフレなのだから、もう少し待った方がもっと安くなる。今は動かない方が良いとの考えが日本経済に蔓延しました。そのため余裕がある企業でも内部留保の確保しておく方が安全とみられていたのです。デフレ経済は今すぐ投資する挑戦的な意欲をつんでしまう要素があります。そこからの脱却は普通を取り戻るために必要なことでしょう。

2,コロナ以降変わり始めたマネーの潮流

 2023年は今までにない変化を感じさせられる1年でした。消費者物価指数は41年ぶりの上昇率、賃上げ率は31年ぶりの高水準、日経平均株価は33年ぶりの高値というように30年ぶりの変化を感じさせられる変化が起こりました。デフレ社会下では起こらなかった現象です。

 このような変化をもたらした要因はコロナ禍で起こったエッセンシャルワーカー確保の問題、ロシア・ウクライナ戦争に端を発したエネルギー価格などの上昇、物価上昇時にも金融緩和政策を続けることで急激な円安に見舞われ、輸入インフレが起こっていることが混在しています。複合的な要因が重なり、今までにない経済上の数値になりました。

 それまでの日本経済は「物価が上がらないのが普通」「商品価格の値上げ、賃上げなんでありえない」という規範の中でデフレが常識になっていました。それが変わるきっかけになるのでしょうか?ここ数年「安い日本」という言葉が定着しました。ある面で安いことは安全なことです。企業努力もなるべく商品価格を安くするための努力をすることが中心で、お金をかけてイノベーションが起こることもありません。デフレ社会は、停滞した社会ですが安定した社会でもあります。

 ところが近年は想像していなかったことが起こり、「変化と不確実性」がキーワードになっています。そのような局面では経営者は難しい判断と舵取りが求められます。しかし、このような時代だからこそ、新たな取り組みをした人が抜け出してくるかもしれません。今までのデフレの秩序を壊すチャンスなのかもしれません。変わらなければならないという時期は、この30年にはありませんでした。

 以前はモノやカネが国境を越えて広がり、世界中の企業が分業することで自分たちの最も得意分野に「選択と集中」をして生き残る時代でした。ところが国際政治の風向きが変わるにしたがって変化してきました。中国が経済成長してアメリカを脅かすようになると、グローバル化から分断へ方向転換が始まりました。台湾企業のTSMCによって投資され、熊本にできる半導体工場は、中国に対抗してアメリカを中心としたブロックを守るための工場という戦略もあります。

 最近使われ始めた言葉ですが、フレンドシェアリングと言われることがあります。同盟国同士でサプライチェーンを築いていこうという発想です。グローバル化からフレンドシップシェアリングに変わりつつあります。大恐慌後、世界がブロック経済に向かった方向で、再び世界は分断の方向に向かっていると考えられないわけではありません。アメリカのインド太平洋戦略は中国を包囲するように同盟国のサライチェーンの構築に進んでいるのです。新しい時代に突入している感度を持つことが必要になっています。

3,なぜ世界はグローバル化にブレーキがかかったのか?

 以前の経済社会では最適な分業体制により、それぞれの企業が最適な価格で部品調達ができて、アダム・スミスの述べた「神の見えざる手」による自然調和の分業制に進んだ時代がありました。ところが国も力は刻々と変わります。一党独裁でありながら、市場経済に進む中国経済が国家の権力を背景に、イノベーションを積極的に取り込み、アメリカの先端モデルをコピーし、アメリカに迫るほどの実力を見せつけました。人口14億の市場をもっていることも、国が多くをコントロールできることも強みです。

 覇権国が覇権国として成長できる要素は、フロンティアを作り出し、新たな富をつくりだすことです。それと合わせて人口が多いことも重要です。アメリカは移民によって人口を確保してきました。中国は圧倒的に多い人口でしたが,経済運営上の妨げになることを踏まえて「一人っ子政策」をしました。貧しい中国では妥当な政策と言えるのですが、急成長した中国経済の弱点とみられるようになりました。その中でインドが中国を抜いて世界一の人口を抱える国になりましたので、インドへの関心が世界から注がれています。

 近年では、国の力が変化する中で以前のようなグローバルな自由競争をしていたら、没落しかねないリスクの国がでてきたのです。それはアメリカでも例外ではありません。急激に力をつけてきた勢力にブレーキをかける必要がでてきたのです。その中で人口減少する日本では、どの陣営とともに生き残るかが問われるようになってきました。

 アメリカは国家が中心となった資本主義中国に脅威を感じるようになったものと思います。国家が一定の資金を提供しつつ、先端技術を取り入れることができる中国企業の成長がそれです。その政治現象の象徴的表現が、アメリカ大統領に言う「民主主義と専制主義の戦い」です。アメリカも戦いに勝つためには民主主義の要素が多少変質してきました。国が強くないと勝てなくなっているのです。

 アメリカは人口減少社会にならないよう今後一定のレベルの高い人材の移民は認めるでしょう。人口減少が国力の低下に結びつくからです。その反面、アメリカ人労働者の就職を守る対策は進めることでしょう。

 かたや日本では外国人労働者の参入には消極的です。技能実習制度も廃止される方向で、外国人の人権に配慮した制度の代わる見込みです。人口減少にどのような歯止めをかけるかは、国力に維持のためには大変重要な課題になります。ただ日本は世界全体が高齢化していく中で最も先に高齢社会になることが宿命づけられた国です。外国人の労働者だけでなく、日本人の高齢者の労働参加の仕組みを作れたら、世界の見本になる先進国になることができます。そのためにも高齢者が社会で意味がある活動をする仕組みづくりは、国益にもかなっているように思います。

4,異次元の金融緩和制度の転換点となるか?

 インフレの要因の一つに円安の影響を上げました。円安の要因は、諸外国がインフレ対策として政策金利を上げていますが、日銀は低金利を維持しており、外貨に資金が流れているからです。日銀は2016年以降、日本経済の景気刺激策として次の金融緩和政策をとってきました。

 一つがイールドカーブコントロール(長短金利操作)です。短期で政策金利を、長期で国債の金利を操作して景気刺激を目的として調整しています。日銀は景気が回復しないと判断して、消費者や企業がお金を借りやすい環境を維持するため政策金利を低金利にし、金融緩和を続けてきました。

 もう一つがゼロ金利政策です。デフレ対策の一種ですが、民間の金融機関が日銀に預ける金利をマイナスにすることです。金融機関が日銀に余分なお金を預けると民間銀行の方で金利を払わなければならなくなるので、投資や融資をするため過剰資金を市場に流通させることを目的にした政策です。

 これらの政策をとってきた日銀ですが、その弊害が表れてきました。それは円安が止まらなくなっていること、輸入価格の高騰によりインフレ傾向が強くなってきていることです。それらの弊害が顕在化する中で、日銀が取ってきた金融緩和政策の解除を求める声も大きくなっています。

 日本人はこの30年間物価も給料もほとんど上がらない世界で生きてきました。そのこともあり、2023年からのインフレは異常な事態と思えるでしょう。多くの人が異常な事態と考えるなら、金利を上げて政策的に景気を冷やすためのインフレ対策には舵を切ることは難しいと思います。大事なのは給料も上がり、このくらいの物価上昇は当たり前と思われるような状態にすることができるかどうかです。1990年代のバブル崩壊までの日本人は当たり前にそのように考えていました。

 普通に金利のある世界に戻れるかどうかは、このインフレと賃上げの流れの中で、今までのデフレ下の消費者行動と企業行動を変えられるかにかかっています。デフレの中で消費者はなるべく安いものを買い、企業は賃上げをせず経費削減をすることが目的になり、イノベーションも起きない国になっていきました。物価が上がり、給料も上がる国にだんだん追いつかれてきました。

 最近は企業も新入社員の給与を上げなければ優秀な人材が取れなくなっています。この2024年は大幅な賃上げをする企業が増えてきました。外国人労働者の制度改正も進み、低賃金では長期就労を維持できなくなってきます。そのことも踏まえると、デフレマインドから脱却しないと普通の企業経営もできなくなってきています。この2024年がどのようになるかで日銀が普通の政策に転換できるが左右されます。

5,時代の変化を追い風にする思考

 日本企業が調達コストの上昇と人材不足に苦労する中で、マネーの潮流も変わり始めてきたことを見てきました。そのような時代の変化のはざまでこれからはどのような考えを持たなくてはいけないのかをまとめてみたいと思います。

 長期にわたるデフレ社会は、変らなくても慎ましく暮らせば安心できる社会でした。将来の変化を意識することなく、今買うのを控えれば、将来はもっと安くなる社会でした。その中で世界はインフレで動いている間に世界との距離が縮まってしまいました。2023年は日本もインフレを受け入れなければいけないことになりました。

 最近読み始めた書籍に「2050年の世界 見えない未来の考え方」(著者 ヘイミッシュ・マクレイ)があります。長編なのでまだ読み切っていませんが、この先を考えると示唆を与えてくれる内容があります。日本版への冒頭では、日本に対するアドバイスが書かれています。日本は変化することでまだまだ重要な役割を果たすことができることを伝えています。

 第一に偉大な企業の技術力を改めて蘇らせることです。例えばトヨタ傘下の企業の不祥事がいくつかありましたが、トヨタ生産方式と言われる「ジャスト・イン・タイム」という考えがありました。それはトヨタが、必要なものを、必要な時に、必要なだけ調達する仕組みでした。それが下請け企業を疲弊させて、不正につながる土壌になったことも考えられます。いかに安くすることが最大の課題だったからです。そこからの転換が必要です。

 第二に高齢社会との向き合い方が重要と言われています。日本が先頭を走る高齢社会ですから、日本のたどる道が世界の手本になります。高齢者をいかに社会に参加させることができるか、日本の挑戦が注目されています。

 第三に世界の中間層は増大していますが、秩序と規律を求められるようになるということです。日本に帰っていた時に感じたのは、横断歩道を渡ろうと歩いていると必ず車は止まってくれることです。まだ、横断歩道に到達していなくても事前に車は止まっています。ベトナムではまず考えられないことで、歩行者の方が気を付けて止まらなければ損をする社会です。その点、日本の秩序と規律は優れていることを感じました。このような社会規範は、外国人井もきっと評価されることでしょう。ただ懸念事項は、詐欺グループの摘発などが相次ぐなど壊れかけていることも感じます。

 第四に海外に渡る若者が増えて友人や人脈を増やすことがあげられています。日本は長い間デフレ社会でしたが、世界は違います。日本と世界の違いを知ったうえで外国人と交流できる人が増えれば、社会を変える力にもなるものと思います。

 第五に日本人は自信を取り戻す必要があることが言われています。失われた30年ともいわれるデフレ社会は、変化しない安全な社会であったのですが、内向きで新しいことに取り組まない社会になっていました。自信に満ちていた日本人はだんだん委縮するようになってしまいました。

 このようなデフレ社会も世界の変化の中で、日本のインフレに巻き込まれてきました。変化と不確実な時代を迎える中で、今までと同じでは維持ができなくなっています。これほどにインフレになれば、賃金を上げざるを得ず、上げられない企業は淘汰されることになります。高齢者も働かないといけない社会になりましたが、今までと同じ職場ではなく、新しい環境で多少でも自分のやりたいことができたら幸せを感じることができるでしょう。物価も上がるし、給料も上がる普通が日本に戻ってくることがチャンスを生み出し、2024年日本の方向性に変化につながると思います。

以上

投稿者プロフィール

西田 俊哉
西田 俊哉
アイクラフトJPNベトナム株式会社・代表取締役社長。
大手生命保険会社に23年の勤務を経て、2005年に仲間とベンチャーキャピタル・IPO支援事業の会社を創業し、2007年に初渡越。現在は会社設立、市場調査、不動産仲介、会計・税務支援などを展開。