民主主義の危機進行と覇権国アメリカの行方

1,2024年は世界的な「選挙イヤー」

 2024年はアメリカやロシアなどの各地でリーダーや議会の構成などを決める選挙が予定されていて、世界情勢に大きな影響を与える国や地域で選挙が相次ぐ世界的な「選挙イヤー」になります。

 まずは1月13日には台湾総統選挙になりましたが、まずは今までの政権の後継者の頼清徳氏が新総統に選ばれました。中国との距離を取り、アメリカと連携を強める立場の政権になりました。次には、3月ロシア大統領選挙が行われます。有力な対立候補がいない中での選挙になると思われますので、プーチン大統領の再選が確実視されています。これは選挙と言えるのかどうかわかりませんが、対外的な正当性のある権力の保持を示すためでしょう。当選すれば新たな任期は2030年までとなります。

 最も重要性が高いと思われるのが、11月のアメリカ大統領選挙です。今のところは、民主党のバイデン大統領と野党共和党のトランプ前大統領の争いになるのではとの見方もありますが、不確定要素が多いです。バイデン氏は現在81歳、トランプ氏も77歳まれにみる高齢者の選挙になるのでしょうか?その他、2月にはインドネシア大統領選挙、6月にはメキシコ大統領選挙が予定されています。

 また、議会選挙が行われるのが、4月韓国総選挙、4月から5月にかけてインド総選挙、6月にはEU「ヨーロッパ議会」選挙が行われます。この選挙は今後のEUのウクライナ政策にも影響をもたらすことでしょう。

 日本では自民党の総裁選挙が任期満了の9月30日までにあります。衆議院議員の任期が翌年の10月30日に迫っていることから、どのタイミングで解散総選挙になるのかが注目されるところです。岸田首相の総裁任期前の解散か、総裁選後(もしかしたら新総裁のもとでの解散か)の解散かで結果もかなり違ってくるかもしれません。今回は選挙が目白押しですが、最近の国際政治の傾向から選挙もチャットGPTによるフェイクの拡散や悪意のある妨害なども多くなっています。今後の選挙の結果によっては、国際政治がどのような方向に進んでいくのは目が離せません。

2,後退する世界の民主主義

 最近の世界政治情勢を見ていると、あちこちで戦争や紛争が発生する懸念材料があります。ロシアによるウクライナ侵攻によって始まった戦争は、終わりが見えない状況で続いています。イスラエルによるガザ地区の攻撃も悲惨な結果をもたらしています。

 アメリカなどが主張しているのは、ロシアや中国のような権威主義的な国と欧米などの民主主義国家との争いとの区分が使われ、世界が分断傾向にあります。ただ、新興国は一定の力を持つことが国の威信を保つためにも必要であり、権威主義的な政権が増えている傾向があります。NHKの河野憲治解説委員によると、民主主義的な国が60の国と地域。119の国と地域が非民主主義的な国と分けられるようです。民主主義の色分けは、「公正な選挙」「基本的人権の尊重」「言論の自由」「女性の社会進出」などの基準をもとに数値化して分類しています。そのような非民主化の国の中でも、政治権力を一部の指導者が独占する、権威主義に向かう国が増えていると言います。

 権威主義的な国がここ数年増えていると言いますが、権威主義に向かっている国が33か国、民主主義に向かっている国の2倍以上に増えているようです。特に最近権威主義が目立つ国として、ブラジル、インド、トルコ、ハンガリーなどを挙げています。冷戦終結や「アラブの春」などを経て、いったんは民主化に向かった国でも、市民が指導者に失望して、反動的な指導者の指示に向かうケースがあります。「分断」が極まることで、自分たちの立場を代表してくれる人物であれば民主的な価値観にこだわらず、強権的な指導者でも構わないという風潮も現れています。近年のソーシャルメディアの発展とSNSの普及は、意見の対立、政治の分極化に拍車をかけていると言えます。

 一部の国では、外国からのフェイク情報によって選挙が攪乱されるケースもあり、民主主義が弱体化しているともいえます。民主主義陣営を率いてきたアメリカでも民主主義に逆行する動きが出ています。トランプ前大統領支持者の連邦議会乱入などがそれにあたります。世界全体で民主主義の危機ともいえる現象が出てきているのが最近の傾向です。

 世界各国が自国第一を謳い、自国のため(自国の中の全部ではない)の政策を強権的に進めることになれば、世界で起こっている紛争があちこちで起こりえます。第2次世界大戦が起こる引き金は、世界大恐慌が発生したことで自国の経済を守るために

 有力な国が以前の植民地を利用して、ブロック経済を敷いたことでした。その中でブロックを持たないドイツ、イタリア、日本が周辺国に侵攻したことが第2次世界大戦につながりました。自国第一が行き過ぎるとこのようなことが起こる可能性もあります。民主主義の形骸化が進めば、世界は大きな変化に見舞われると思われます。

3,大航海時代以降の覇権国の移り変わり

 世界が権威主義的な傾向を強めているなかですが、歴史的に経済力をつけた国が世界を支配する絶対的な力を築いていった時代がありました。それは新しいフロンティアが見つかった時代が顕著です。フロンティアから富を収奪できた国が絶大な力を持つ時代がありました。その経緯の中で次に成長した国が登場すると戦争という形で覇権の交代が起こっています。

 まずは世界の秩序を変えるきっかけが大航海時代です。大航海時代に新たなフロンティアを見つけ、新しい価値を作り出すことができた国が成長していきました。まずは大西洋に面した国が世界に出始めました。まずはポルトガルですが、西アフリカで産出される金と東方の香辛料を求めて東方航路を探していました。喜望峰経由でインドに到達したバスコ・ダ・ガマが航路を開拓しました。その結果アジアから香辛料などを輸入して富を築きましたが、大きかったのは1500年に領有権を主張していたブラジルから金の採掘に成功したことでした。ブラジルの金が長距離の航海に必要な資金や軍事力の強化にお金がかかり、ポルトガル国王は財政難に悩まされ、破産することになった結果、ポルトガルはスペインに併合されてしまいました。

 次に成長したのがスペインです。新大陸の植民地化を進めペルーやメキシコで銀山が開拓されたことで巨額の富を蓄積しました。ただ、スペインでは国内産業が育成されておらず、スペインの無敵艦隊はオランダ製でもあり、結局はイギリスとオランダの連合軍に敗北し、新大陸での貿易でも劣勢になっていきました。その後、オランダの独立戦争などが発生し、戦費の拡大や銀の流失等は発生し権力国から没落することになりました。

 ポルトガル、スペインは覇権国になり切れなかったわけですが、覇権国になるためには生産・物流、金融(経済力)、軍事力の循環が必要で、他の国に比べて強力な力を持つことが必要です。金融支配のためには自国通貨が基軸通貨にすることが必要です。オランダの通貨グルデンも世界の基軸通貨になり、オランダが覇権国となりました。オランダですが、狭い国土のため国内の産業には限界がありました。風力を使った機械での毛織物の加工など新しい産業を育成しましたが、内需が少なく、フランスやイギリスとの戦争があり、財政的に衰退に向かい、最終的には新大陸の貿易の利権をイギリスに取られ、覇権国の地位を失いました。

 1815年ワーテルローの戦いでフランスのナポレオンに勝ったことでイギリスが次の覇権国になりました。ポンドが基軸通貨にもなり大英帝国と称された世界に拡がった植民地からも富を収奪できました。機械が発明され産業革命が進んだことから、イギリスが世界の工業国になりました。インドから綿花を輸入して国内産業の工業化が行われ、この製品を世界に輸出することもでき富が蓄積しました。その後、軍事費の膨張などで経済発展は低迷し、中国との紅茶購入の貿易支払いをアヘンで支払うなど困窮していき、アヘン戦争なども起こりました。決定的だったのはイギリスの税収が弱体化する中、大陸アメリカで高い税の徴収を試みたところそれがイギリスのつまずきの要因になりました。イギリスの対応に反発するアメリカの独立戦争にまで発展しました。その後第一次大戦では勝利したイギリスでしたが、大恐慌によってドイツの賠償金支払いが止まり、対外債務が膨らみ衰退に向かいました。第二次大戦を経ると、アメリカを除く主要国は戦場にもなりました。被害の少ないアメリカが世界の工場になりました。一方のイギリスは、戦費によって資金が枯渇したこと、植民地の独立が進み、イギリスの衰退は加速しました。次にイギリスから覇権を受け継いだのがアメリカになります。

4,アメリカは如何に世界の警察と言われる強国になったのか?

  いまやアメリカは、世界の警察と言われるくらいの権力を持った国になりました。ところがアメリカの建国は、1776年独立宣言が発布された時を起点にすると、まだ247年しかたっていない新しい国です。新大陸の発見によって、新たなフロンティアを求めて渡ってきたヨーロッパ系の人たちを中心に、植民地化されたのが今のアメリカ大陸です。アメリカはその後、イギリスと戦って独立を果たします。最初のアメリカの領土は東海岸の13州だけです。アメリカが戦争に勝つことができた理由は、次の要因が大きかったようです。イギリスは世界の大国だったのですが、アメリカに移住した人たちは銃を持った開拓者たちです、地形などを知り尽くしており、ゲリラ戦で勝利したと聞いています。アメリカのライフル協会が強大な権力があるのは、このアメリカの歴史が影響しているのでしょう。

 アメリカ新大陸はヨーロッパ列強が支配する地域が多かったのですが、19世紀に入ってナポレオン1世からアメリカ中央部の地域を買収します。現在のアメリカ中部のカナダ国境近くからメキシコ湾に面するルイジアナ州が含まれる地域までです。フランスにとってこの中央部は防衛上も難しく、あまり意味がないと判断されたようでした。その後、スペインからフロリダを買収しました。ルイジアナを手にしたアメリカは、テキサスに進行してメキシコと戦争を仕掛けました。その戦争の有名なのものがアラモ砦の戦いです。アラモ砦の戦い以降、アメリカの戦勝意欲は増してオレゴンやカリフォルニアの獲得に成功しました。とうとう西海岸にも到達し、概ね今のアメリカの国土になりました。この時にカリフォルニアで金鉱が発見されて移民が殺到することになり、アジア系の入植者も多くなりました。これをゴールドラッシュと言います。

 アメリカ大陸でのフロンティアがなくなったアメリカは、太平洋に進出します。ハワイを併合し、スペインと戦争してフィリピンを植民地化することにも成功しました。その後は、中国に関する支配の紛争が始まります。中国に侵攻しようと企てる日本に対してアメリカは強く敵対しました。それによって日本は国際連盟から脱退し、日本、ドイツ、イタリアと連合国との戦争につながっていきます。それが第2次世界大戦です。その戦争に勝った連合国軍ですが、アメリカが一つ抜けた権力に成長し、USDの基軸通貨化と世界の警察ともいわれる国家に成長したのです。

 戦後は民族解放運動の高揚とそれを支援する共産主義との戦いが、アメリカの対立の軸になりました。ベトナム戦争ではアメリカが敗退し、その後は中東の主導権争いのためイラク戦争やイランとの対立が今でも続いています。アメリカの独立以降、フロンティアを求めて領土を拡大し、戦争によってより強国に急成長し、覇権国に成長したアメリカの歴史を見てきました。

5,覇権国アメリカは衰退に向かうのか?

 覇権国の移り変わりと現在の覇権国となったアメリカの成長の過程を見てきましたが、覇権国が没落するきっかけとなるのは、覇権を維持するためのコスト、例えば輸送に関する貿易費や新たな勢力の侵攻を抑えるための軍事費用の増大などが理由にあるようです。実はアメリカにもいくつかの危機が発生しました。

 覇権国となったアメリカですが、その後は共産主義との戦い、イギリスに変わって、中東の安定を図るための費用、同盟国との連携など覇権を維持するための費用が莫大に拡大しています。その問題をいろいろな手法でそれを乗越えて覇権国の立場を維持しています。覇権国が覇権国たるゆえんは、絶対的な軍事力、金融支配のために基軸通貨であり続けること、世界貿易の中心地であることが必要です。

 覇権国になったアメリカは、金融的な手法でUSDの基軸通貨化を維持しているからです。アメリカは1945年IMF(国際通貨基金)を創設して、金本位制を決めました。これにより各国通貨と固定相場制を採用する「ブレトン・ウッズ協定」を締結しました。覇権国が国際システムを支配することで経済的な利益をもたらすこともできますが、支配には人的・物的な費用も発生することになります。また、一方で対抗する競争相手が出現した場合には、それ以上の軍事費や貿易体制が必要になり、膨大な予算を使う必要が出てきます。冷戦の時期、ライバルはソ連でしたが、世界の共産化のドミノ倒しを抑える目的で始まったベトナム戦争では膨大な費用がかさむことになりました。最初の危機が現れました。

 ベトナム戦争の長期化による軍事費の増加や日本やドイツの復興による貿易赤字により、1971年「ニクソンショック」と言われるUSDと金の交換停止が発表されて、変動相場制に変わりました。しかし、USDの基軸通貨であることは変わらず、逆に金という実物資産の拘束から解き放されたことで、FRB(米連邦準備制度理事会)が事実上無制限にUSDを刷れるようになりました。ただし、USDを刷りすぎるとインフレになるので、アメリカは世界の金融システムの流動性を維持するためとの理由で、欧州、日本、石油産出国機構加盟国の中央銀行にアメリカ国債を積極的に購入するように迫りました。その結果、世界にあふれたUSDの信用を買い支える仕組みが作られました。それにより衰退しつつあったアメリカの覇権が維持されることになりました。このようなアメリカの国債本位制度への移行は、「債務が大きすぎて、破綻させられない国」になることで、アメリカが破綻するときには世界が破綻することと同じに見なされるようになり、強固な基盤が再構築されました。

 その後もアメリカの危機は続きます。1980年代にはアメリカは財政赤字、貿易赤字という「双子の赤字」に苦しめられましたが、「プラザ合意」によるUSD安誘導によって乗り切りました。アメリカの技術的優越は、軍事産業の民間部門への転用がうまくいったことによって力を維持してきました。経金融の自由化やIT企業の登場による新しい産業の誕生がアメリカを救いました。経済がグローバル化するに伴い、企業が獲得できる利益の税収も分散しています。米国の巨大なIT産業は全世界の市場に向けてサービスを展開しています。これからもグローバル企業の納税問題は出てくることでしょう。

 軍事産業の技術から転用されたIT産業の発展が、アメリカの覇権国没落の危機を乗越えることができました。ただ、このIT技術の発展はより世界をグローバル化させて、その技術の吸収に力を入れている中国が競争相手に変わっています。アメリカが覇権国の地位を守るために中国の封じ込めに力を注いでいるのです。

 このように現在の覇権国であるアメリカは、財政赤字、軍事力の増大などを乗越えて、国際収支が赤字になっても諸外国から資源やサービスまで様々なものを購入しても支配できる国にはUSD建債務を強要して、各国の中央銀行から資金を吸い上げる形でアメリカ国債を発行して覇権を維持しているのです。

以上

投稿者プロフィール

西田 俊哉
西田 俊哉
アイクラフトJPNベトナム株式会社・代表取締役社長。
大手生命保険会社に23年の勤務を経て、2005年に仲間とベンチャーキャピタル・IPO支援事業の会社を創業し、2007年に初渡越。現在は会社設立、市場調査、不動産仲介、会計・税務支援などを展開。