海外進出する日本人と人手不足を補完する外国人

1,日本人アスリートの海外進出

 この原稿を書き始めたころ、メジャーリーグのロサンゼルス・ドジャースに移籍した大谷翔平選手が結婚したことを発表し、マスコミでは大きな話題になっていました。世界で活躍するアスリートには日本全体が大きな関心を持っています。大谷翔平選手のみならず、近年のスポーツ界では海外に進出するアスリートが増えています。野球では大谷選手以外にも日本プロ野球の代表的な選手が次々と移籍しています。野球よりも輪をかけてたくさんの選手が海外に渡っているのはサッカーです。サッカーの市場は全世界に拡がっており、市場規模も大きいので、日本人プロサッカー選手は50人以上が海外に渡っているものと思います。日本代表に選ばれる選手の大部分も海外に渡った選手だからです。

 野球とサッカーでは、拡がっている地域が違います。サッカーはほぼ全世界に拡がっていると言えるでしょうが、野球はアメリカ大陸、東アジア、オーストラリア、ヨーロッパの一部に限定されており、グローバルな市場性はサッカーの方が圧倒的でしょう。サッカーが全世界に拡がったのは、ボール一つあればみんなでプレーできたからかもしれません。野球は一人一人の道具がいるため、貧しい子供たちは参加することができなかったことも理由の一つかもしれません。

 ところでアスリートたちが海外を目指すようになった理由を考えてみたいと思います。グローバル化の影響もあって、実力のあるアスリートは強豪のひしめく世界で自分の力を試してみようとしていることは間違いない事実でしょう。自分の価値をもっと上げるために海外に移籍していることは最も大きな理由でしょう。

ただ、私には時代の変化や市場性の変化が、アスリートの移籍に影響を与えているとも考えています。それを考えるヒントが韓国のエンターテインメント(Kポップ)の海外進出が参考になります。アメリカでも、この東南アジアでもKポップの人気は絶大です。なぜそのような地位を築けたかというと、韓国の市場規模が小さく外に出ていくしかなかったことです。初めから海外に輸出することを前提に準備されたKポップは海外市場で売れることを強く意識されていました。

 日本のアスリートが海外に出るようになったのも、例えばプロ野球の地上波放送が少なくなったりする中で、市場が縮小していることが理由に挙げられるかもしれません。このように市場が縮小する日本の今後を考えたときに、スポーツ界だけではなく産業界も海外と如何にかかわるかが問われる時代になっていると捉えるのは間違っていないと思います。

2,Kポップがグローバル化した理由

 グローバル化が進んでいる隣国の例があります。韓国のエンターテインメント(Kポップ)のグローバル化です。韓国の芸能界が海外進出を進めたのは、1997年に起こったアジア通貨危機が要因です。アジア通貨のきっかけはタイバーツの暴落から始まりましたが、韓国ウォンも急落して、国際通貨基金(IMF)の救済を受けてようやく復活しました。

 韓国経済を救済するにあたり、産業政策の大転換がありました。まずは労働者の解雇規制の緩和を行い、企業が人員削減を行いやすくしました。貿易政策においては、保護主義的政策から自由貿易に変わりました。その中で財閥の合併や再編が進み、大企業が韓国経済の中心になりました。変更を進める過程で韓国政府は、IT投資に注力し、経済回復を優先させました。その結果情報化社会が進み、音楽業界も急速に変化していきました。旧来のアルバムなどが衰退する中で、韓国のエンタメが情報発信型で、海外にも視野に入れる動きが強まりました。政府も海外進出させることで経済を回すことを考えました。その結果、企画会社が海外進出に乗り出し、韓流のエンタメが世界にあふれるようになりました。

 それ以降、日本でも「冬のソナタ」をはじめとした韓流ドラマを多くの日本人が見ることにもなりました。その主題歌の流行にも乗って、韓国人のアイドルグループが日本にも進出してきました。東方神起や少女時代などです。

 韓国のエンタメ市場は、もともと日本や中国などと比べても規模が小さく、成長するためには海外市場に目を向ける必要がありました。その中でKポップが更に多国籍化が進んだのは、韓国人だけでなく日本人やタイ人などのメンバーも加えるようになったことも理由のようです。そのことでその出身国でも関心が高まりました。それにより海外進出は加速しました。

 最近ではBTS(防弾少年団)がアメリカのビルボードで1位となり、BLACKPINKという女性ユニットもビルボードで1位になるなど世界で活躍しています。BLACKPINKはベトナムでもコンサートがあり、大勢のベトナム人を集めていたことが新聞記事になっていました。このグループは韓国人2名、オーストラリア人1名、タイ人1性ユニットです。また、この3月5日にはビルボードアルバムチャートでガールズユニットのTWICEが1位になったと報じられていました。ここまでくると世界でKポップが支持されていると言えるでしょう。

 このように文化の海外進出のきっかけも自国経済の危機が一つの要因になっています。自国だけに閉じこもっていたら、衰退の方向しかなかった韓国のエンタメ業界が、経済危機をきっかけにして、急速にグローバル化できた事実は日本にとっても参考になる事象ではないかと思います。

3,日本の教育と海外の教育の違いとは?

 海外で活躍する日本人アスリートはたくさんいますが、日本とは練習方法や身体管理に関する考え方も日本と海外では異なっています。それもまとめて教育の違いによるところも大きいのではと思います。アスリートの海外進出は、海外に行かないと伸びない能力があることも一因ではないかと思います。そのようなことを思いつつ、最近ですが、あるお客様との面談で日本と海外の教育の違いついて雑談したことを思い出しながら書いています。

 日本の教育の考え方は、全員が平均的レベルを目指すための教育をしていると考えられます。できないことがあると、できるまでやらせるような教育になっています。あきらめずに繰り返し取り組むことが美徳と考える教育と言えるでしょう。ある記事からピックアップさせていただくのですが、日本の学校には以下のような特徴があるようです。

・生徒が所属するクラスや教室が決められている

・先生たちが集まる職員室がある

・給食がある

・生徒たちが教室や施設の掃除をする

・行事ごとが多い

・制服、体操着があり、校内外で履物が変わる(学校によって異なる)

 当然、日本の学校の特徴で良いこともあるでしょう。私が社長を務めるベトナムの会社で、月曜の朝30分くらいみんなで掃除をしようと伝えたときに、一部からこんな声が上がりびっくりしたことを覚えています。「私は労働契約で掃除をする契約をしてないのでやりません。」日本人が当然と思うことと、ベトナム人が当然と思うことが違うことを知りました。その後、みんなで関わっているうちにそんな苦情は出なくなりましたが、掃除は決まった業者がするのが当たり前だったのです。

 同じ教室で生活をしていく中で、連帯感や協調性が生まれると思います。また、みんなが同じ給食を食べることも貧富の差など感じることがなく、同じであることに安心感があるでしょう。また、栄養素も考えられたうえでの食事でしょうから健康にとっても良いことでしょう。欧米ではカフェテリアで食事をするのが一般的だそうです。日本の教育は全員で取り組む機会を与え、連帯感をもってやり遂げることを目的としているのでしょう。

 一方で海外の教育は生徒一人一人の可能性を引き出すことや、個性を伸ばすことに力点を置いているとみることができるようです。海外ではできないことをできるようにするよりも、それぞれの異なった才能を伸ばすことに重点を置いていると言います。日本では暗記型・詰め込み型の教育になりがちですが、海外では考え方を導き出すことを重視していると言います。

 日本が義務教育中の留年などほとんど見受けられませんが、海外ではよくあることのようです。大学も日本は入るのに苦労するのですが、海外は卒業するのに苦労をするようです。平均的な人材を育てるのではなく、一芸に秀でた人材を育成することが社会によって重要であれば、欧米式の教育を取り入れることも必要に思います。

4,外国人労働力に依存せざるを得ない日本の現状

 日本人の海外進出や韓国文化のグローバルカなどを見てきましたが、日本では現実に外国人の在留が増えつつあります。今後も、外国人に頼らざるを得ないことを考えるとますます増加することでしょう。外国人が就労できる資格の代表格として、技術・人文分野・国際業務(いわゆる技人国)の在留資格がありますが、単純労働に従事させる資格ではありません。高度な業務に従事することを意図した在留資格です。例えば飲食業界に技人国の在留資格者が採用されれば、経理やマーケティングなど事務系のホワイトカラーの業務に従事することに限られます。

 日本が少子高齢化する中で、ホワイトカラーではない分野で人手不足が深刻化しています。それに対応するために外国人の在留資格が続々と追加されています。日本社会は外国人労働の助けがないと回らなくなっているのです。2019年に導入されたのが特定技能という在留資格です。特定技能には1号と2号がありますが、1号は最長5年間の在留ができますが、2号に関しては更新の継続により事実上無期限滞在が可能になります。2号については家族帯同も認められます。相当程度の知識または経験を持つ外国人に与えられる在留資格ですので、一定の試験の合格や日本語能力が必要です。

 その特定技能2号は現在のところまだ人数は少ないとのことですが、様々な業種で人手不足が顕在化する中で職種の拡大が続いています。2019年にスタートした時2号に関しては「建設」と「造船・舶用工業」の2業種だったのが、2023年にはビルクリーニング、素形材・産業機械・電気電子情報関連製造業、自動車整備、航空、宿泊、農業、漁業、飲食品製造業、外食業の9種類が追加されました。介護を除く特定技能1号で認められた職種が加わりました。介護はほかの在留資格で補うことができるため、特定技能2号には加えませんでした。このような分野では特定技能1号から2号に移行する外国人が増えていくことが想定されます。2号分野の拡大は人材の長期の定着にもつながり、人手不足が深刻な業種には朗報かと思います。

 更に現在追加を検討され始めているのが「コンビニ」「トラック運転と配達物の仕分け」「廃棄物処理」です。これらの追加により、外国人労働者は今後増加していくことでしょう。エッセンシャルワークに関して、日本人のなり手がいないため外国人に頼らざるを得ない状況が続いているのです。

5,人口減少に伴う危機を迎える日本社会

 このように外国人労働力を確保しようという動きが顕在化している理由として考えられるのが、産業界の人手不足です。しかし、もっと大きな問題が潜んでいます。それは2023年4月に国立社会保障・人口問題研究所が公表した日本の将来人口推計の衝撃です。2023年推計1億2,441万人の人口が、2070年には8,700万人と30%以上も減少すると公表されたからです。日本の少子化対策が一定の成果を上げたとしても、大幅な人口減少は避けられないでしょう。

 日本のGDPがドイツに抜かれて、世界第4位になったことが報道されていましたが、すぐに第5位のインドに抜かれるのは確実な情勢です。なぜならば人口が圧倒的に多いインドは多少の経済成長だけでGDPは大幅に伸びるからです。人口減少が経済の縮小と国際的影響力の低下につながっていきます。ドイツは日本より人口が少ないですが、日本に比べて製造業が衰退していないことや、日本の円安の影響が大きかったので、ドイツを再び抜くことはできるかもしれませんが、インドに抜かれたら抜き返すことはできないでしょう。

 先日読んだ「2050年の世界 見えない未来の考え方」(ヘイミシュ・マクレイ著)によると、世界の変化をもたらす5つの力として、人口動態、資源と環境、貿易と金融、テクノロジー、政治と統治を上げています。その中でアメリカ合衆国については、世界中から優秀な人材が集まる傾向は変わらず、覇権を維持し続けるだろうと述べられています。その反面ヨーロッパの重要性は低下していき、中国やインドが台頭してくるとみています。日本もヨーロッパの立場と大きな違いはないでしょう。ただし、中国は今後人口減少が予想されることから、微妙な変化はあるかもしれません。世界の人口は第一位がインド、第二位が中国、第三位にアメリカ、第4位がナイジェリアになると予想しています。人口が多い国の影響力は増していくのです。

 その様に人口減少は国力の低下をもたらすことから、人口減少の危機を真剣に議論するべき時が来ていると言えるでしょう。2023年現在の日本に在留する外国人の人口比率は2.5%程度のようですが、10%程度増やすことは検討されているようです。長期に在留できる人を増やしつつ、人手不足と産業界の活力を維持することは喫緊の課題のように思います。

 外国人労働者に依存する傾向が強くなる中で、日本が外国人に選ばれなくなる傾向も増えてきています。第一には賃金が増えていないことです。円安傾向になって、ますますその傾向に拍車がかかりました。近隣の韓国や台湾に比べても日本の賃金上昇率は低いままで推移しています。外国人労働者にとっては、日本より魅力がある国が増えています。また、技能実習制度にみられる人権問題の影を落としています。転職の制限などの理由もあり、多数の失踪者が発生している制度の見直しは急務です。アメリカの「人身売買報告書」では、日本の技能実習制度で強制労働させられていると指摘されています。

 ただ、私はベトナム人と日々接していますが、「日本が好き」と答える人も多く存在します。好きな日本に行くことでスキルやキャリアが向上できて、更にお金を稼ぐことができれば、外国人も日本人もウィンウィンの関係を築くことができます。日本の芸術文化、自然環境や食文化は、依然として世界から注目されています。Kポップのようなエンタメでは韓国が先行していますが、日本のアニメ・マンガのファンは世界中にたくさんいます。それら日本の魅力を発信して、外国人労働者に選ばれる国になる努力はこれからも必要になっていくことでしょう。日本で仕事をし、居住する選択をする外国人が増えれば、日本の衰退はある程度避けられるように思います。日本人も海外に出て共生できる努力をしていますが、日本を出ない人たちも外国人と共生できる努力が必要になっているようです。

以上

投稿者プロフィール

西田 俊哉
西田 俊哉
アイクラフトJPNベトナム株式会社・代表取締役社長。
大手生命保険会社に23年の勤務を経て、2005年に仲間とベンチャーキャピタル・IPO支援事業の会社を創業し、2007年に初渡越。現在は会社設立、市場調査、不動産仲介、会計・税務支援などを展開。