GDP第4位転落と今後の日本経済の足かせになる厄介な問題

1,第4位に転落する深刻な事情

 私が名刺交換をしたことがある方に毎月1回メールマガジンを配信しています。11月1日に配信したメールマガジンの冒頭あいさつ文で触れたのが次の内容です。

 「経済の規模を示す名目GDP(国内総生産)が55年ぶりにドイツに抜かれて今年は世界4位に転落する見通しになったことが報道されていました。背景にあるのは円安とインフレにあると言われます。インフレは世界中で起こっている現象です。インフレを抑えるための各国は利上げをしています。日本もインフレの傾向がありますが、インフレを抑えるための利上げはしていません。GDPは一人当たりGDPに人口をかけて算出される数字ですから、人口が8000万人ほどのドイツに抜かれることは経済成長が鈍化しているのがはっきりしているのでしょう。一人あたりGDPに関しては、現在日本は27位と相当下がります。」

 GDPも一人当たりGDPもドル換算のため円安の影響がもろに出ていますが、数字をそのまま見つめると日本の凋落ぶりには唖然とする数字です。ドイツと日本の人口差が相当開いているのにGDPが抜かれてしまったことが問題の大きさを示しています。日本の人口は1億2000万人程度ですから、日本の3分の2程度の人口ということになります。日本に比べドイツは1.5倍ほど個人個人が豊かであることを示しています。

 一人当たりGDPはトップグループにあるアメリカが8万ドル(約1200万円)になりますが、このグループに入るのがアジアのシンガポールやカタールなども入ります。次の集団に分類されるのがドイツ、イギリス、フランス、カナダなどG7のグループになりますが、一人当たりGDPは5万ドル(約750万円)前後になります。日本は約3.4万ドル(約510万円)になります。イタリアが3.7万ドル、スペインが3.3万ドルと第三集団ともいえる位置になっています。

 このような地位に落ちているのは円安も要因にありますが、労働力不足と言われながら日本人が働くことを避けている実態にも一因があります。不足する単純労働を外国人の技能実習制度に頼っていましたが、それも海外からの批判にさらされて制度改正が必要になりました。何よりも外国人労働者にとって円安日本で働く優位性がなくなってきていますから、外国人労働者の増加は見込めなくなる恐れがあります。

2,日本における「配偶者控除」見直しの視点から

 日本人の労働力をもっと活用する方法はないのでしょうか?最近、話題にも上がるようになったのが「年収の壁」撤廃の話題です。一つの考え方に所得税の配偶者控除を見直して、女性労働者の働く時間を増やす政策をとることが論議され始めています。配偶者控除を守るために年収の壁が存在しています。年収106万円(月額8.8万円以内が目安)を超えると社会保険料が徴収されることで、手取りは一気に下がります。更に130万円の壁を超えると扶養家族から外れて所得税が増えることになります。日本ではパートタイマーなどは労働時間が増えると手取りがかえって減ってしまいます。長く働いて社会に貢献することが、ペナルティーの対象になっているのです。そのため女性の社会参加も進みません。このような制度は現状に合わなくなっているともいえます。

 ただし、会社員や公務員など厚生年金の加入する者(二号被保険者)に扶養される配偶者は第三号被保険者として国民年金の保険料を払わなくても加入期間はカウントされ、将来満額の国民年金を受け取れる仕組みです。年収の壁を撤廃し、社会保険加入を義務付けると負担ばかりが多くなるという話も出てくるでしょう。しかし、インフレが進み、賃上げに進むしかなくなった場合、年収の壁も変えていく必要性が出てくるでしょう。

 そのことが日本のGDPの減少を止めて、再度経済の成長を得られるとしたら検討する必要はあるでしょう。時代に合った制度に変えていく政治の役割がますます大きくなっているように思います。しかし、配偶者控除が削除されるだけだとすると、配偶者の所得税が引き上げられることになります。単にそれだけであれば相当の批判にさらされ、選挙がある国会議員にはできない提案かもしれません。

 日本の労働力不足の現状を変えるために配偶者控除を撤廃しても、長時間の労働を選択する人に関しては何らかの税の優遇や補助金の創設など積極的に日本の構造を変えようと努力する人への応援を考えるべきではないかと思います。コロナ禍の「ゼロゼロ融資」などの施策は、困った時に手を差し伸べるだけの策では、必要な構造の改革はできないと思います。日本の将来は大変厳しい状況にある中で、積極的に変化をしようとする人を応援する策が必要だと思います。

3、物流業界の2024年問題の本質

 一人当たりGDPが減少している日本では、さらに来年想定されている問題があります。それは「物流の2024年問題」です。どのような問題かというと2024年4月から、トラックドライバーなどの時間外労働時間の上限が年間で960時間に制限されることになります。働き方改革が叫ばれる中で、物流の重要性からドライバーが犠牲になっていた面がありますので、改革自体は必要だと思います。働き方改革と言われてからほかの分野は残業時間が減ってきましたが、物流業界は実態があまりにかけ離れていたため実施が2024年まで延期されていました。特にコロナ禍では、人々の生活は物流ドライバーに助けられた面があり、とてもその時期には実施できませんでした。

 物流の2024年問題がもたらす悪影響には何があるかを考えてみましょう。想像以上に重大な問題を孕んでいることが推察されます。まずはドライバーの労働時間が減ることで給料が減る可能性があります。給料が減ればドライバーに見切りをつけて転職する人も増え、さらなるドライバー不足という悪循環に陥ることも考えられます。労働時間の減少を補うためには生産性の向上がなくてはなりませんが、どのような方法で生産性向上ができるのでしょうか?現状でそのような準備はできているとはとても思えません。

 次にドライバーの時短を実現することで、輸送の供給量が減ることが考えられます。単純に計算しても3割程度は減少すると言われています。輸送可能な数量が減ることで何が起こってくるでしょうか?モノが運べなくなると、モノが作れなくなります。物流の問題がほかの業界にも波及していきます。どうしても早く運ぶためには輸送費を高くするしかありません。その結果、物品を消費する側にその価格が転嫁されることは考えられます。この2024年問題はさらに物価上昇をもたらすことも考えられるのです。

 この背景には運送事業の立場が弱いことも要因です。荷主の立場が圧倒的に強いため荷主側の都合で納品する時間を指定されて、荷物が到着していても納品まで長時間待たなければならないという事情もあるようです。そのような日本の業界事情も運送業の生産性が上がらない理由にもなっています。これらの仕事を外国人の特定技能に頼ろうとする考え方も出てきていますが、労働力不足を発展途上国の労働力に頼る発想ばかりしているとさらに国力の低下が懸念されます。

 この問題の解決策は、ドライバーの賃金が上がり、ドライバーのなり手が増えることでよい循環になるものと思います。ところがデフレ経済を長く経験している日本では逆の循環の連続でした。今回の問題は、ドライバーの賃上げの強烈な旗振り役がいないとそれは実現できないでしょう。諸外国が物価だけでなく給料も上がり、一人当たりGDPが増えている現実を学び、日本もそのような方向に変えていくしかないことを痛感します。

4,新興国は日本より優れているのか?

 今回は日本が抱えている問題にフォーカスして論を展開してきましたが、一方で私が在住しているベトナムなど新興国が成長したメカニズムを見ていきましょう。ベトナムは国が統一された1976年以降必ずしも経済成長できたわけではありません。理由は近隣諸国との紛争が絶えなかったこと、社会主義経済建設を忠実に行ったこと、頼りにしていた東側諸国から支援が得られなかったことなどが理由です。

 そこで1986年に経済を計画経済から市場経済に移行することを提唱した「ドイモイ政策」が打ち出され、その後1994年米国が経済封鎖を解除し、翌年国交を樹立したことから経済成長が進みました。その中で見落とされているのが為替の変化です。1987年初頭1ドル=22.9ドンだったと書かれたものがありました。私にはほとんど実感が持てない数字です。2023年11月13日現在では1ドル=24,180ドンになっています。私がベトナムに来始めた2008年ごろは、1USD=16,000ドンくらいでした。継続的な通貨安がベトナム経済を支えていたともいえます。ベトナムドンが年々安くなっているのは経済が成長していないのではなく、意図的に通貨安に誘導し貿易による利益を増やしていった側面があります。まだ、ベトナムの経済的な役割が小さいことからそれが許されていたのでしょう。

 通貨安になると賃金の上昇は避けられませんが、賃金の上昇率と通貨安の比率がバランスの良かったベトナムでは、賃金上昇圧力にも通貨安の影響があり、経済規模も年々拡大していたことから企業も賃上げをすることはできたのでしょう。ところが近年、通夜安の速度が落ち始めています。そこに賃金の上昇だけが止まらないと国際競争力が落ちてしまうことが懸念されます。

 最近は年々増加していた労働者の最低賃金の引き上げがされないことも目立っています。コロナ禍の時もそうでしたが、コロナ禍が終わったともいえる現在、ベトナム政府は2024年1月からの最低賃金の引き上げが見込めないとの話も出てきています。従来と状況が変わり始めているようにも思います。

 ベトナム政府ドン安誘導がしづらくなっている背景には、ベトナムは米国から2020年12月に「為替操作国」に指定されたことも要因です。「為替操作国」と認定された理由は、物品の貿易黒字額が年間2000億ドル以上あったことも影響しています。恒常的なドン安がベトナムの国際競争力を押し上げた事実は否定できません。通貨が安くみられることは、国の実力を低くみられることに等しいと思いますが、チャンスとして捉えることはできるかもしれません。国際経済は新興国にまだハンディキャップがあるとみなして通貨安誘導を認めているのです。

 先進国であったはずの日本が円安に沈んでいます。円安の背景は長期間続いている異次元の金融緩和政策でしょう。デフレからの脱却というよりは、日本経済を支えていた自動車、鉄鋼、電機などの産業の国際競争力が落ちていく中で、円安誘導することで利益を維持していた傾向があります。産業界の利益が上がり株価が上がったとしても、事業の成長により得られたものではないので、ベトナムとは違い賃金の上昇にはつながりませんでした。経営者もたまたま為替の変化により利益を上げているだけで、シェアはどんどん下げている中で雇用を増やし、賃上げすることは考えられなかったのでしょう。そのことで国際競争力はますます低下することになりました。

 発展途上国は通貨安を利用して賃上げと経済成長を実現してきました。円安の時に新たな産業を育成し、労働者の賃金を上げることができたら、数年後には経済成長のきっかけになるかもしれません。急激に成長した時期のベトナムが、通貨安でありながらも給料の増加が進んでいったことから、今の日本のとるべき道筋が見えてきます。このような中で日本人が働きやすい環境をどう作っていくのが、重要な時期を迎えていると思います。

5,エッセンシャルワーカーの労働者確保のために

 従来の日本では景気が良い時には、労働者が不足しますが、景気が悪くなると失業者が増えて労働者の補充がしやすくなる循環がありました。ところが現在は、少子高齢化の影響もあり絶えず労働力不足になってしまう傾向があります。それでも発展途上国の技能実習生や留学生のアルバイトで補っていました。ところが円安の問題もあり、外国人で簡単に補える話ではなくなってきました。低賃金の外国人に頼りすぎていると弊害が表れてくるでしょう。

生成AIの時代にも入っていますので、AIが取って変われる仕事と、どうしても人でないとできない仕事を分けていく必要があります。オフィスワークとエッセンシャルワークの違いは、現状のところエッセンシャルワークの方が低賃金でオフィスワークの方が高賃金の傾向があることです。ただし、オフィスワークはAIにとってかわることができる可能性があります。今後どの国も労働力不足になる可能性がある中で、AI活用で日本が先端的な力をつければ、世界のモデルケースになるでしょう。

 日本人の就職から定年までの過程は、一つの企業に入ったままで終身雇用に守られて定年を迎えるのが一般的な人のケースでした。そのため社内で業務の移動はあったとしても大幅な仕事の変化はありませんでした。時代が変わって、新しい分野の仕事をしなければならなくなっているのに、なかなか変わることができません。今必要となっているのはエッセンシャルワーカーです。

 エッセンシャルワーカーの数を増やすためには、給与水準を上げることが必要になります。そうなれば人材をエッセンシャルワークに移動させることも容易になるでしょう。私なりに考えるとエッセンシャルワークの方は人との接点も多く、大変な面はありますが、仕事としては充実感があるのではないでしょうか?高齢者の資質もプラスになる仕事があると思います。

 これからの政治が力を入れるべきは、そのような人たちを教育や技術指導をして転職しやすい状況を作っていくことではないかと思います。ただ問題点もあります。エッセンシャルワークの中で介護労働の場合、国で決めている介護報酬に沿って給与水準が決まっているからです。そのため介護保険料を上げないと介護労働者の給与を上げられない側面があります。また、中小企業は多重下請け構造の中で仕事をしていることも問題です。大企業の要請で価格を上げることができないことで、中小企業に働く労働者は賃金があげられなくなっています。それをどのように変えていくことができるかが日本の労働市場に問われている課題だと思います。

 日本は必要な分野の労働力が移行できない仕組みでした。終身雇用制が定着しすぎて定年まで同じ仕事を行うことで、それ以外のことができなくなりました。転職など労働力の流動性が確保される社会の仕組みに変えること、エッセンシャルワーカーの給与水準が上がっていくことができないと日本は労働力不足がいつまでの続き、経済成長から見放される国になりかねません。今こそ社会の仕組みを変える重要な時期であると思いますが、社会を変える先頭に立つ政治家が、集票のためのバラマキ政策をとっていると日本はますます没落する危険があるでしょう。

以上

投稿者プロフィール

西田 俊哉
西田 俊哉
アイクラフトJPNベトナム株式会社・代表取締役社長。
大手生命保険会社に23年の勤務を経て、2005年に仲間とベンチャーキャピタル・IPO支援事業の会社を創業し、2007年に初渡越。現在は会社設立、市場調査、不動産仲介、会計・税務支援などを展開。