新しい資本主義は可能?持続可能な新しい社会とは

1、厚労省が発表した最新の水際対策から思うこと

  オミクロン株の感染拡大により、一部緩和されていた海外から日本に入国するすべての人に対する水際対策が12月1日再び強化されました。11月8日からの緩和策は、入国者がワクチン接種済である場合、受け入れ企業が対策を立てることで帰国後4日目から10日目の活動計画を始め、様々な管轄省庁に書類を提出し、許可を取得すれば3日間待機+7日間の行動管理による活動が可能というものです。ところが短縮するための手続きがあまりに複雑で、ビジネス界からは失望の声が上がっていました。それまでは14日間の自宅等の待機で位置確認アプリと健康確認のアプリを入れて、公共交通機関を利用しないという誓約書に署名をすることが義務付けられていました。

 昨年、菅前首相在任中、日本ベトナムの首脳会談後発表された、ビジネストラック(隔離が1日だけで外出できるスキーム)のような複雑さでした。このビジネストラックで入国できた日本人はほとんどいませんでした。実効性の乏しい政策が各界の要望で出されますが、政策策定の側ができるだけ使ってほしくないとの意図が見えるようです。

 12月1日から短縮スキームも中止になりました。そのうえ、すべての外国人の入国を停止すること、また日本人の帰国希望者にも新たな航空券の発券停止という対応も発表されました。その3日後、日本人への発券停止は解除されましたが、航空会社はその後も2~3日間は発券の準備ができない日が続きました。

 海外にいる駐在員や出張者にとって年末年始は帰国の需要が上がる時期です・戸惑いの声を上げた人もいました。ベトナムの多くの駐在員は2年間家族のいる日本に帰れない状態の人もいます。こんな対策をして本当に良いのかと思ったのは、海外遠征しているスポーツ選手や重要なビジネス目的や学会などの用事で海外を訪問している人の扱いです。私は本当に1か月の停止を求めたら大変な思いをする日本人が続出すると思っていました。

 海外から日本、日本から海外に移動した者から見ると、外から入る者に対してどちらの国も例外なく異邦人扱い、悪く言えば「黴菌扱い」される空気を感じました。日本での入国審査はとても長く、なかなか入国できません。ベトナム入国では私の荷物にも、全身にも万遍なく噴霧器で消毒液を掛けられました。パソコンが壊れるのではと思うくらいでした。搭乗する時も入国する時も隔離期間中も絶えずPCR検査を余儀なくされ、陰性であるにもかかわらずです。疫病の最中には目に見えない恐怖が人々をそうさせるのだと感じました。日本でもベトナムでもどちらも大きな違いはありません。よそから入ってきたものに対する警戒心、猜疑心が強くなることを感じました。

2、海外に依存する日本の食糧とサプライチェーン

 逆にベトナムでは連日1万人を超える規模の感染者がいます。しかし、感染はある程度制御されているとの政府見解で感染対策をどんどん緩和し始めています。今年の7~9月のロックダウンが嘘のようです。これは何を意味しているのかを考えると、今までの対策ではデメリットが大きかったからだと思います。それは経済へのマイナスです。今ではベトナムは方向転換したように見受けられます。人々が経済活動しないと国力が持たなくなっていること、外資が入らないと国の収支も持たなくなることを感じ始めたのだろうと思います。

 日本を見ると外から人は入れないようにしていますが、モノを外から入れなくしたら大変なことになります。食糧自給率には2つの指標があります。それは生産額ベースの自給率とカロリーベースの自給率です。実はカロリーベースの自給率は33%しかありません。その指標には米、小麦や油脂類の割合が影響しているようです。主食にあたる部分のカロリー自給率が33%しかないことは何を意味するでしょうか。もし輸入が止まれば食べられなくなります。カロリーを海外に依存していることは、日本人の活力や運動能力は海外から補給していることになります。

 さらに日本の重要な輸出品目である自動車は部品類を海外調達に依存しています。このコロナ禍で東南アジアの部品メーカーの操業停止を余儀なくされたことから、日本の自動車産業の工場の操業停止の時期がありました。食糧も製造業も今は海外に依存しないといけない時代になっています。

 日本ではコロナ禍の経済対策として様々な施策が実施されていますが、海外に在住しているとほとんどその恩恵は受けません。唯一、日本でのワクチン接種を希望する在外邦人向けに空港での接種ができたくらいでしょうか。しかし、産業の対策上では海外向けの支援策があります。それは経産省が打ち出している海外サプライチェーン多元化等支援事業です。日本とASEANのサプライチェーンの強靭化のため、東南アジア地域を中心に、海外生産拠点の多元化を目的とした設備投資や調査を支援することを目的とした補正予算です。

 世界の貿易戦争に打ち勝っていくためにも、日本だけに留まっているわけにはいきません。製品のガラパゴス化を招まねき、グローバルでは通用しない価格水準になってしまいます。日本のサプライチェーンとして重要性を増しているのは、地理的にも近く、まだまだ人件費も安い東南アジアだからです。

 スポーツ界では日本人が海外で活躍することでも存在感を増すことができます。ノーベル賞もそうですね。日本人が海外で認められるためには、積極的に海外に出ていくことも必要なのです。海外で活躍するスポーツ選手を見て、日本人に誇りを持つ方も多いのではと思います。普通に海外で活躍できる状態に戻って欲しいものです。

3、「新しい資本主義」は本当に実現できるか?

 コロナ禍はそのうちには収まっていくことになるでしょう。日本でも新首相の誕生などの要因もあり、新しい政策が打ち出されようとしています。岸田首相は「新しい資本主義の構築 成長と分配の好循環の実現」と言っています。希望を感じている人は多いかもしれません。ところで、分配を増やすためには成長戦略が必要です。分配の好循環という響きは聞き心地はいいのですが、実現性は難しいと思います。分配を調整する役割は、主に税制と社会保障制度によって可能です。それ以外にはバラマキ政策でしょうか?

 人口高齢化が進む日本では分配の好循環は至難の業です。2040年には1人の就業者が0.66人の高齢者を支える社会になります。2020年と2040年を比較すると次のようになることを野口悠紀雄一橋大名誉教授が示しています。

 総人口  1億2533万人 → 1億1092万人

 15歳から64歳人口 7406万人 → 5978万人

65歳以上の高齢者人口 3619万人 → 3921万人

 多くの高齢者を減少する就業者が支える構造ですから、社会保険料の引き上げと給付の引き下げが必要になるでしょう。それをしたら分配の好循環とは言えません。日本が分配の好循環を果たすためには、高成長の産業を育成することや生産性を引き上げる戦略が必要になります。それ以外には高額所得者への課税強化です。金融所得課税などの引き上げが対象になるでしょう。

 今のところその動きはありません。掛け声だけが先行しているように思います。掛け声は正しいと思いますが、どう実行していくのかの具体策は見えません。ベトナムでも工業団地への外資企業の誘致のトレンドを見ているとハイテク企業の誘致を求めているのがわかります。ベトナム政府も今後の工業化においては、社会のデジタル化に貢献できる企業の誘致に力点を置いています。ベトナムでも成長と分配を実現するために各国と競争しています。このように新しい産業を取り込むことに各国政府が躍起になっていますが、日本では具体的にどのような動きがあるのか私は掴めていません。

 日本の産業構造は旧来型の産業が引っ張る形のままと言えるでしょう。貿易黒字の要因はトヨタをはじめとする自動車産業が中心です。一時期世界を席巻していた電機、電子産業はもはや凋落したと言える状況です。新しい産業と言えるプラットホームになるIT事業育成はアメリカと中国が中心です。現在注目されるバイオ産業が日本では育成されているとは言えません。コロナワクチンの製造では、ベトナムでさえ自国産のワクチンを開発しているほどです。しかし、先進国であるはず日本では国内産のワクチンは未だありません。

 今までは工場や店舗をつくり、機械設備を導入し大量生産したものを世界中に売ること、多くのリアル店舗で売ることで利益を上げていました。日本企業は主にそんな箱ものへの投資が多いと言えるでしょう。ところが世界の急成長企業は工場や店舗を持たない企業が成長しています。それらの企業が持っているのは情報のプラットホームを作り、ビッグデータを握ることによって新しいサービスを産み出しています。データを蓄積することが次の利益を生む土台になっています。新しい資本主義はお金の投資ではなく、情報への投資に変わり始めています。

4、資本主義の時代は大航海時代以降から

 「新しい資本主義」がそう簡単に実現できないと思われることを伝えてきました。人類の歴史上、いつも資本主義だったわけではありません。一定の制度に矛盾が蓄積されると他のエネルギーが台頭してきます。その例を人類の歴史から見ていきましょう。

 農業が定着していない時代は、狩猟と採集することで食料を確保していました。その時代は食料のある場所に移動する生活でした。マンモスを追って北方から日本列島に入ってきた人たちが日本人の祖先になりました。農業は大陸から渡ってきた避難民であった日本人の祖先たちによってもたらされました。そのことが社会を変えることになります。農業が定着すると食料を備蓄できるようになり、定住ができるようになりました。食料が備蓄できるとそれが財産になり、たくさんの食料を持つものが権力を握るようになりました。その段階で土地や食料の奪い合いが起こり、力を持った者がより大きな国に統一を図りました。

 たくさんの豪族がひしめいていた時代から天皇を中心とする国になっていきました。中央集権の政治体制になり、税を取ることによって中央集権制を維持してきました。その後、中央集権が崩れることになるのは、税負担が重すぎて虚偽申告の横行や逃散する農民が増えてしまったことがきっかけでした。従来の体制が維持できなくなったからです。そのため日本では、「三世一身法(さんぜいっしんほう)」や「墾田永年私財法」と言うような開墾した土地は、徐々に私有地として認める政策を取らざるを得なくなりました。中央集権をぎりぎり守るための苦肉の政策でした。

 しかし、それが封建制度の土台になり、社会が転換するきっかけになりました。日本では荘園という私有地が増えていきました。もう時から力のあった寺社がたくさんの私有地を持つようになりました。その私有地を守るために、武士が必要になりました。その私有地が領土となり、そこに住む人たちが領民になりました。多くの領土と領民を維持するためには「軍事力が必要です。その軍事力が権力基盤の維持につながりました。封建時代とは土地をもとに、そこに住む人も支配をし、そこで生産した商品によって、交易や税徴収により権力基盤を維持していた時代でした。ヨーロッパではその土地に囲まれた作業者を農奴と言い、封建領主が支配しました。

 それが変わるのがペストによる人口の減少と科学技術の発達により、人口の移動と科学技術の進歩により、新しい産業が芽生えたからです。都市に集まった人を使い、機械を作ることで生産性を大幅に向上させました。また、新しい土地(新大陸など)の発見、遠方との貿易により一層多くの利益を上げることができるようになりました。機械を作り、遠方に出かけるための船をつくるためには、多額の先行投資が必要になったことから、資金を出資するための会社組織やリスクを軽減する保険制度が生まれました。先行投資をした人がより富を確保でき、その富によってさらに新しい事業投資が可能になり利益を増大できるようになりました。それが資本主義と言われる経済体制です。

 ところがその資本主義も曲がり角を迎えています。新たな投資先がなくなっています。大量生産をしても買う人が少なくなっています。資本主義は、収益を上げ続けることが宿命のため植民地などを生むことになりました。その植民地を維持するために帝国主義といわれる強権国家を築くことになり、それが戦争の原因にもなりました。

 現代社会は高齢化社会(Aging Society)、地球温暖化(Global Warming)、気候変動(Climate Chang)の社会になっています。これは世界共通の課題になり始めています。SDG’s(Sustainable Development Goals)も時代の変化の象徴として出てきた言葉です。日本語でいうと持続可能な開発目標と言う意味ですが、あえて言うと今のままでは社会が持続できなくなっているということです。また、このタイミングで深刻な疫病、新型コロナ感染が拡大しました。人口の変化、気候の変化は人間の生活に大きな影響を与えるでしょう。

5、ポスト資本主義は「新しい」中世という考え方

 なぜ持続可能ではなくなってしまったのでしょうか?成長と好循環の分配が簡単にできない今、どんな社会にしていくべきなのでしょうか?大航海時代以降、拡大、争奪、支配、膨張、競争、戦争の時代が続いていきました。それこそが資本主義の宿命でした。大型の設備投資をして大量生産、大量消費することができる社会から変わり始めています。ここ数年、環境問題(脱炭素、プラゴミなど)や地球温暖化が盛んに言われるようになりました。ただ、経済学者によっては、環境対策という打出しも新しい資本主義のバブルを生むにすぎないとの考えもあります。異なるコンセプトを作って新たな競争を促進する材料になるだけで、競争を加速しているに過ぎないと考えるからです。競争の活力によって社会が進歩することこそ資本主義の理想であり有効性です。資本主義は新しい材料を使ってバブルを起こし、それを繰り返す制度という考えもあります。

 経済学者の小幡績氏は、資本主義の後にやってくるのは「新しい」中世だと言っています。「新しい」中世こそが持続可能な世界だとしています。現代の資本主義が、流動化、市場化、変動、拡大、バブルの世界であるのに対して、「新しい」中世は、固定化、関係取引、安定化、日常の繰り返し、循環経済の世界だと言っています。資本主義がグローバル化、世界市場の一体化、膨張の世界であったのに対して、「新しい」中世はローカル化、多様化からの独自化、持続的な安定状態の世界となるとしています。イノベーションの名のもとにぜいたく品を次々作り欲望を刺激した時代から、必需品の繰り返し利用からの改善と改良により質の高い必需品に囲まれた世界になるとしています。

 バブルを繰り返し、刺激的な消費による快楽の享受をした時代から、消費ではなく蓄積の時代に変わるとしています。資本主義はマネーの量によって人々の格差が決定される社会でしたが、中世は貧しい武士と豊かな商人のような、別の世界に生きている人の立場が尊重され、独自の幸せと安定性により日常の繰り返しが続く社会になるとしています。最近の国際政治やビジネスの世界では「人権」もキーワードになっています。強制労働によって製造された生産品の輸入取引はしない、などの考え方が出てきています。これも次の時代への変化の兆しを表す考えかもしれません。このようになるかはわかりませんが、矛盾の解消が難しい今こそ、変化のきっかけになるかもしれません。このような考え方も知っておく価値はあるのではと私は考えています。

以上

投稿者プロフィール

西田 俊哉
西田 俊哉
アイクラフトJPNベトナム株式会社・代表取締役社長。
大手生命保険会社に23年の勤務を経て、2005年に仲間とベンチャーキャピタル・IPO支援事業の会社を創業し、2007年に初渡越。現在は会社設立、市場調査、不動産仲介、会計・税務支援などを展開。