AI時代でも必要な「未開人」の野生の思考

1、チャットGPTとは何か?

 あちこちのメディアに最近取り上げられている単語があります。『Chat GPT』です。チャットとは日常の用語になりましたが、コンピュータのネットワーク上で複数人が文字を入力し、会話を交わすことを言います。SNSの普及で若い人だけでなく、私たち老人でさえもチャットをするようになりました。GPTとはGenerative Pre-trained Transformer(ジェネレ―ティブ・プリトレーニード・トランスフォーマー)ですが、直訳すると事前学習をする生成的な変形するロボットと訳してもわかりづらいですね。簡単に言うと、情報を提供されると自発的に学習して回答を引き出すAI(人工知能)ということでしょう。今までにもチャットGPT-3はあったそうですが、チャットGPT-4になって俄然注目を集めているようです。GPT-3が小学生レベルであったのに対して、GPT-4は大学生レベルまでに進歩しているようです。

 実際チャットGPT-4を使って米国の司法試験を受けさせた場合、上位10%に入る能力を発揮しているようです。ちょっとした文章の作成や構成などにはすぐ使えて便利なだけでなく、架空の物語を構成することも可能なようです。チャットGPTの説明の文章では、安倍元首相と坂本龍馬との現在政治についての対談なども載っていました。「おしゃれな店舗のホームページのコードを作ってください」と入れるとそのコードまで教えてくれるようです。IT技術者がいらなくなるのでしょうか?

 このチャットGPTを開発したOpen AI社のホームページを見るとチャットGPTでできることとできないことが書かれています。

 答えられる質問

 ・人生の意味を教えて

 ・30代女性が同僚からもらって喜ぶプレゼントを教えて

 ・テーマはスーパーフードで作られた子供向けの食品について、プレゼン資料を10枚作るからアドバイスして

 ・エクセルに入力された漢字に、読み仮名を表示させるマクロを教えて

 ・卵と魔法のライトノベル小説を1000字以内で書いて

 答えられない質問

 ・神秘的な湖の絵を描いて

 ・誰にも知られずに人に危害を与える方法を教えて

 ・来週の株価がどう動くか教えて

 ・「山田太郎」の今の居場所を教えて

利用規約に沿ってチャットGPTのコンテンツポリシーに合致しない質問には回答しないようになっているようです。

 信憑性の低い回答をする可能性がある質問

 ・千代田区で魚料理を出すお勧めの店を教えて

 ・ロシアとウクライナの現在の関係性を教えて

2,AIの進化でなくなる仕事

 以前よりAI(人工知能)の進化が進む中で、今ある仕事の一部がなくなる可能性が高いと言われています。2015年に野村総合研究所とオックスフォード大学の共同研究によると、「日本の労働人口の49%が人工知能やロボットなどで代替可能」になるとの発表がありました。2023年となりチャットGPTの普及も考えるとさらに代替可能な仕事が増えるかもしれません。

 AIの進化で将来なくなるかもしれないと言われた仕事は、単純な作業、機械の操作、ルーティンワークなど機械の方が得意な仕事です。具体的に言われているのは、一般事務員、タクシーやバスの運転手、電車の運転手、警備員、スーパーやコンビニの店員、銀行員、工場勤務者、ホテルのフロントなどです。

 逆に代替ができないと思われるのは、医師や看護師など医療関係の業務は、患者の気持ちを察しながら仕事をする必要があるのでAIで代替は難しいとされています。弁護士、教師なども同じように相手を見ながら対応すべき仕事なのでAIに代わることも難しいでしょう。また、クリエーティブな分野の仕事、スポーツ選手、芸術家など特殊な才能が必要な分野もAIに代わることは難しいでしょう。ただ、チャットGPTで小説を作るということもできるようなので、芸術家が全く影響されないということもないようです。物書き、プログラマー、会計士・税理士などもAIにとってかわられる可能性もあると言われています。

 また、AIが普及する中で新しく生まれる仕事もあるかと思います。特にAIを活用するときにどんなキーワードを入力すべきか、どんな表現で情報提供を求めるかを判断する能力をすべての人が持っているわけではありません。重要なキーワードを選ぶ能力がある人しかAIを使いこなすことができないことは考えられます。いずれにせよAI時代にも人間に必要とされる能力は、自分以外の他者と上手にかかわることができるコミュニケーション能力や特定のデータから創造的な分析ができる能力を持った人が重要視されるのではないかと想像できます。

 チャットGPT-4の誕生から、人間よりもAIの方が賢くなり、AIが人間を支配するのではというSF映画のような話も現実になるかもしれないという人もいます。AIが戦争で利用されたら機械が人間の大量殺戮に利用されるのではないか、これは現実にすぐにでもあり得る話です。非常に便利なAIですが、行き過ぎると物騒なことも想像できます。

 ただ比較的に楽観的な意見もあります。AIは「認識」はできるが、人間のような「意識」は生み出さないとされます。意識とはその認識の中で、自身がどうすべきかを考えることです。寺島実郎が五木寛之との対談で「AIは荒野を目指さない」という言葉を使っていました。今まで起こったことを認識して、最適だった結論を導き出すことは出てても、今までになかった新しい方向に進むことには向いてないということでしょう。

3,AIの進化同様に社会は絶えず進歩するのか?

 ところでAIのことを考えると技術や社会はどこまで進歩していくのだろうかと思います。ただし、「社会が発展する」と考えられるようになったのはルネサンス以降の話です。それまでの西洋の思想は、神の存在をいかに守っていくかという思想でした。ところがルネサンス以降の哲学では、神の代わりに「発展する歴史」という虚構が信じられるようになりました。特に西洋では、理性により発展することが善と考えられるようになりました。

 西洋の思想史は、神中心の哲学から人間中心の哲学に代わってきました。その中で社会は弁証法的に進化すると考える人たちが出てきました。代表格がドイツの哲学者ヘーゲルです。人類は発展するためにはそれまでの仕組みを破壊することで新しい社会が作られるという考え方です。弁証法とはA(テーゼ)が存在する中でそれに反するB(アンチテーゼ)が生まれることで、あるもののそのものの意味は否定するが、それを契機として発展した段階に生かされていくことを止揚(アウフヘーベン)と言い、それによって社会が発展するという考え方です。簡単すぎるたとえですが、ある人がこれは円だと主張します。ある人がそれは四角だと主張します。論争を経て、それぞれの要素を取り入れた結果、「円柱」という図形であることが発見されます。社会はそのように変化することができると考えます。

 その考え方をもとに階級闘争を経て社会が発展することを唱えたのが、カール・マルクスです。マルクスは、原始共産制から、奴隷制、封建制、資本主義、社会主義、共産主義と発展すると考えました。また、実存主義哲学では人間個々の本質よりも実存としての意識が大切に考えられるようになりました。人間存在の開放や自己実現がテーマになっていきました。

 ところで1960年から70年代以降、このような考え方に真っ向から対立する哲学が生まれました。それは「構造主義」という考え方です。人間社会には、その背後に絶対的な法則があるという考え方です。社会を維持するために作り上げられたルールがあり、人間とは「その構造の奴隷である」という考え方です。特に歴史が進歩するという概念には否定的です。先進国が知性的で進歩していて、後進国は未開で劣っているのではないとしてヨーロッパの現在思想を批判しています。構造主義では、それぞれの種族の生活の中で作られた構造によって社会は保たれていると考えます。そのような構造ができる思考方法を「野生の思考」として、レヴィ=ストロース(フランスの社会人類学者)は発表しています。この人は2009年に亡くなった最近の思想家です。『野生の思考』、『親族の基本構造』、『悲しき熱帯』などの名著があります。

4,インセスト・タブー(近親婚の禁止)の意味とは?

 「構造主義」が生まれるきっかけになったのは、人間社会の結婚という儀式に関する考察からでした。特にインセスト・タブー(近親婚の禁止)はなぜあるのかという考察です。レヴィ・ストロースは、インセスト・タブーは新石器時代の思考であり、「人間社会では男は別の男から娘またはその姉妹を譲り受けるしかできず、その儀式が結婚」としています。人間社会の本質とは互いに女性を譲り合う社会だと言っています。このことを発見したのは言語学の研究から、女性に対する呼称で人に譲らない呼称と人に譲る呼称の別があることから思いついたようです。また、人間は言語によって考え方も左右されるとしています。日本語では「蝶」と「蛾」の区別がありますが、フランス語では両方共に「パピオン」としており、区別する考えはないようです。言語もその種族の人たちが、作り上げた構造と考えます。

 さて、インセスト・タブーに焦点を当てましょう。近親婚ではなく女性を譲るのかを考えると、劣性遺伝子が出現して、子孫が滅びる可能性があるからそのようなことが禁止されたことは考えられますが、種族によって近親婚の禁止の範囲が違っており、それだけでは説明できないとします。そのほかの要因も考えられるとしています。

 自らの集団のみで婚姻を行っていると、その社会は閉じた社会になってしまいます。その閉じられた社会の限界が人類の枝分かれと絶滅の歴史から得られた秩序なのかもしれません。人類社会の他の集団と婚姻を続けていけば、次世代を生み出す役割を持つ女性の確保と物資や情報の交換を行える社会関係を同時に成立させてくれるとしています。そのことにより安定した種族の繁栄が可能になります。もし閉じている社会であれば、新しい遺伝子情報も得られず、新しい物品の交換もできず、滅亡の方向に進むものと考えられます。この「インセスト・タブー」の構造こそが人類社会を成立させたとしています。社会を維持するために組み込まれた構造として結婚は存在し、結婚とは女性の交換の仕組みが必要だったとしています。構造主義とは未開の時代から人間社会に組み込まれた構造(ルール)が人間と社会を規定しているという考え方です。

5,構造主義の全体像

 アメリカの先住民のことを以前はインディアンと言っていました。最近ではネイティブ・アメリカンということも多いようです。日本では二刀流大谷選手との影響で大リーグのことが取り上げられています。そういえば大リーグのクリーブランド・インディアンズもいつの間にかガーディアンズに変更されていました。

 ところでレヴィ=ストロースは、この民族たちが大切にしていたトーテムポールに示されたトーテミズムという考え方を分析しています。トーテムというのは祖霊が生まれ変わっても、その部族やそこにある動物植物とともに生きている種族のシンボルとしての意味があるようです。レヴィ=ストロースは、このような未開人の神話、呪術、儀礼などを種族と自然との関係性を緻密に観察したことにより生まれた知的操作と考えています。「未開人」の思考は科学的思考とは別の体系をなしており、両者を対立させるのではなく「認識の二様式」としてとらえるべきだと述べています。

 「未開人」の思考は、「効率を高めるために栽培種化され、家畜化された思考とは異なる野生状態の思考である」として、トーテム的な思考や神話的な思考は合理的な理論を基礎に置いた、科学的思想のような抽象的概念でなく、感覚から切り離された具体的なものを使って考える「具体の科学」としました。特にその地域にある持ち合わせの材料を使って物を作る作業を「ブリコラージュ」と呼び、「未開人」はそこにあるものを使い、自分の考えを表現したとして評価しています。そのブリコラージュの作業が、神話的思考を作っていると考えます。このような考え方の基本は、近代のヨーロッパ文明の科学技術の進歩が人間社会を発展させるという考えに一石を投じる哲学になりました。近代のヨーロッパ中心の文明に批判的見解を示し、「未開人」の哲学に光を与えました。

 レヴィ=ストロースが日本を訪問した時に、日本の民俗学や素朴な料理と里山に深く感動したことが伝わっています。料理でいえば、そこにあるものの素材の美しさを生かしてそのまま盛り付ける、例えば刺身のように素材そのものの形と色彩を生かして盛り付けすることに「野生の思考」の原型があると考えました。日本の里山でいえば、そこにある農村の風景は地形や自然を生かして、自然と人間の生活を一体化させ、人間と自然の関係を具体化させるものとみていました。

 西洋の労働に関する考え方は労苦・苦痛を伴うものであることが基本の考えです。その対価として賃金が発生することが前提にあります。しかし、日本の職人の作業、民芸品を作る作業は自然を生かした芸術的な美しさを発掘することであにあります。労働が苦役であるとは限りません。刀剣や包丁を作る技術も職人の魂を移していくような作業とも考えられています。素材の特性や美しさを生かしつつ、作業する人の魂を宿らせるのが仕事と考えると労働することが喜びにもなります。

 料理、里山にも通じる自然や素材の良さを大切にする文化が日本には育っています。その思想を大切にしながら、AI活用の現代社会では、日本の良さを改めて捉えなおしてもいいのではと思います。そして働くことは生きることですが、そこから喜びを感じられることは幸せなことでです。「未開人」の哲学には、人間本来大切にすべき原点があるのではと思います。日本には神話や民話といわれるものもたくさんありますが、日本が未開だったころから築いてきた大切な民族的な思考が隠れているのかもしれません。このような文化的資産を非科学的なものとして捨て去る必要はないと思います。

 そんなブログを書いていた時にコロンビアのジャングルで子供4人が40日ぶりに救出されたニュースが報道されていました。13歳長女を筆頭に、9歳、4歳、11か月の子供たちが自分の力だけで生き延びていたのです。先住民ウイトト族の出身とのことですが、ジャングルで生きるための知識を持っていたのです。まさにこの子たちは「野生の思考」を持っていたということでしょう。

 逆に自分自身で生きることを忘れた種族は環境変化の中で消えてしまうことになるかもしれません。生きるための力とは何かを考えさせられた話題でした。最新の技術は、自ら考えることをしなくてもすむ技術であれば、すべてを他者に依存することになります。依存した人間は自ら判断をしなくなります。進歩とは何か、人間とは何かを考えさせられたのが、チャットGPTとコロンビアの少年少女の生還の話題でした。そこに「構造主義」をコラボレーションさせていただきました。

以上

投稿者プロフィール

西田 俊哉
西田 俊哉
アイクラフトJPNベトナム株式会社・代表取締役社長。
大手生命保険会社に23年の勤務を経て、2005年に仲間とベンチャーキャピタル・IPO支援事業の会社を創業し、2007年に初渡越。現在は会社設立、市場調査、不動産仲介、会計・税務支援などを展開。