SDGsに日本の活路を考える

(西田俊哉のベトナム・フォー・パラダイス 5月投稿分から)

 2021年5月18日

1、2020年コロナ禍でCO2削減7%

コロナ禍に世界中では大変なことになっていますが、皮肉なことに2020年の世界の二酸化炭素(CO2)排出量は前年比に比べて7%も減ったようです。記録的な減少幅ということですが、航空機の国際便が飛ばない、工場の操業縮小や移動を控える生活様式の定着ということを考えれば、大幅な減少は想定できます。国別でいえば世界最大のCO2排出国の中国がほぼ前年並みに戻っているようですが、そのほかの国は大幅に減っているのです。航空業界もコロナ禍を克服すれば徐々に回復していくものと思われますが、温室効果ガスの排出を実質ゼロにし、「脱炭素」社会の実現を目指す日本社会にとっては何らかのヒントがあるように感じます。GDPは大幅に減っているけれど、CO2も大幅に減りました。

また、世界の状況の変化も重要です。先進国首脳たちがいっそう地球環境問題を取り上げることが多くなっています。アメリカではトランプ前大統領は環境問題に後ろ向きで、パリ協定(2015年に締結された気候変動抑制に関する国際間の協定)からも離脱しました。バイデン大統領はパリ協定への復帰を表明し、地球環境対策を重視しているように見受けられます。その他ヨーロッパの首脳も高い関心を示しており、日本の菅首相も2050年までに温室効果ガスの排出を実質ゼロにする目標を掲げました。

同時に脱炭素社会に向けた取り組みを表明する企業が増えてきました。金融会社も大和アセットマネジメントのように「地球環境株ファンド」などの商品を販売しています。このようなファンドを作るのは、販売する企業の社会的な姿勢を示す意味もありますが、究極には地球環境に適切に対応する企業が将来成長するだろうと考えているからです。

また、プラスチックゴミの問題も大きく取り上げられるようになってきました。プラスチックごみの問題は、半永久的に分解されないことにより被害が長く未来に継続することです。プラスチックゴムの多くは回収されて、再利用されるか、燃やされることになりますが、かなりの量が海に沈んでいます。数量は年間800万トンも蓄積されているようです。見当がつかない数字ですが、ジャンボジェット機5万機分、スカイツリー222基分だそうです。2050年までには海で生活する生物の全体重よりも重くなると言います。

そのプラスチックが分解されず大型動物が呑み込み死んでしまうだけではなく、マイクロプラスチックを食べた魚たちが、食物連鎖で他の動物の体内にも取り込まれるようになりました。人間の体内にも取り込まれているようです。これらがガンの発生の要因になったりすることもあるようです。プラスチックはもちろん石油が原料ですから、燃やして処分する時も石油を燃やしているのと同じなので温室効果ガスを排出していることになります。

2、資本主義ゲームが変わり 2030年までに変貌する社会

地球環境への問題が取りざたされる一方、社会を大きく変える可能性がある技術革新(イノベーション)が進んでいます。従来の経済成長の要因は工業化でした。物を安くたくさん作り、輸出など多くの人に購入してもらうことが経済成長につながりました。それが1995年ウィンドウズ95の発売あたりからゲームが変わるきっかけになりました。今の社会はビックデータを集めて解析し、人の行動を予測し、そこに新しい基盤や商流を作ることで経済成長を図るようになりました。プラットホーム(一連の行動の制御、調整、共用する基盤)を作った企業が一人勝ちするのが現在社会です。

そしてこれから数年の間にさらに新しい技術の導入が図られます。人工知能(AI)、第五世代移動通信システム(5G)、自動運転、量子コンピュータ(大量のデータを最速で計算できるコンピュータ)、取引データが暗号化され集積された経済情報を利用可能にするブロックチェーンを活用することで、社会に大きな変化をもたらすことが可能になっています。このようなIT技術革新を経て、物事の考え方に変化が生じるのも必然です。社会の変化も加速しています。ITを活用した農業の出現、自動運転によってなくなる単純労働、頭脳労働も例外でなくAIの活用によって会計士、税理士の仕事も機械が行うようになる可能性が伝えられています。

そのような変化の中でイデオロギーの変化が始まっているように思えます。イデオロギーの変化はその国の成り立ちによって異なっています。まずはアメリカの変化を見ていきましょう。一時期は世界の工場がアメリカでした。しかし、急速な経済発展で人件費も高騰したことから、一時双子の赤字に苦しむことになりました。そこでアメリカは新自由主義的政策を取り、金融緩和や新しい産業が生まれました。新規産業に投資をし、イノベーションによる社会の変化を求めるのがアメリカの基本的な考え方です。GAFAやマイクロソフトなど新興のIT企業がアメリカをけん引しています。製造業からITのイノベーションによって、世界の中心の地位を守ることができました。

もう一方で世界に大きな影響をもたらしているのは中国です。中国は国家主導で産業を育成してきました。2000年代前半は世界の工場として製造業に力を入れていましたが、近年はIT技術をアメリカなどから真似て急成長しています。中国が得意なのは中央の考え方を強力な権力によってその方向に進めることです。中国の巨大IT企業もBATHという頭文字を使って表されます。Baidu(百度)、Alibaba(アリババ)、Tencent(テンセント)、Huawei(ファーウェイ)の企業です。中国は国家が産業育成に力を入れて、アジアやアフリカなどの途上国支援を連動させてこれらの企業の急成長を助けています。

一方で新興国は、安い人件費や若い労働力を背景に工業化を進めています。また、最新のIT技術を取り入れています。ベトナムでは固定電話の前に携帯電話、スマホが普及しました。また、ほとんどの人がSNSを使っています。人材の採用もFacebookを使って採用します。日本でいうとウーバーイーツのようなサービスは既に定着しています。古い技術を飛び越えて新しい技術が先行することを、カエルが跳ぶの意味でリープフロッグ(Leap Frog)というようですが、そんな現象が起きています。また、日本の製造業もそうなのですが、従来型の製造業は価格競争力を維持するために、人件費の安い途上国に工場移転が進められています。スマートフォンなどは盛んにベトナムで製造されています。ベトナムで売られているスマートフォンは、中国、韓国、ベトナム製がほとんどです(アップルのものはもちろんあります)。ベトナムの携帯ショップに行くと時代の変化を感じます。

これらのIT産業にとって重要なのは情報です。特に個人情報はどんどん蓄積されています。個人の嗜好性を把握して、新たな消費に向かうように仕向けられています。そのような個人情報を集める大手IT企業のビジネスチャンスが増えています。中国は国家ぐるみでIT企業育成に力を入れているので、個人情報も国家的に把握できるようになるでしょう。

今までの話で名前が出てこないのは先進国として世界を引っ張っていたアメリカ以外の国です。特にヨーロッパ諸国です。これらの国は時代の変化の中で新しい物事の考え方を提言しようとしています。それがクリーンエネルギーや温室効果ガスの削減、人権の尊重、公正平等な世界の実現です。なぜヨーロッパからこのような考え方が起こってくるかというと歴史や思想が古くから芽生えており、法律倫理など長い歴史に耐えられる考えの基盤があるからだと思います。それは歴史が新しいアメリカとの違いです。中国も現体制だけでいえば新しい国です。そのようなヨーロッパ諸国の考え方が、結実したのが地球環境のテーマです。特にSDGsという考えはヨーロッパが主導しています。

3、SDGs(エスディージーズ)とは何か?

日本でもSDGs(エスディージーズ)という言葉をよく聞くようになりました。この言葉は、Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)の略語です。2015年9月国連で開かれたサミットの中で世界のリーダーによって決められた、国際社会共通の目標です。SDGsの前進が2000年国連のサミットで採択されたMDGs(エムディージーズ)、ミレニアム開発目標の略語です。この目標の達成期限が2015年だったことから新しい目標として、SDGsが2030年までの目標として採択されました。

MDGsは先進国が途上国を支援する側面が多いものでした。「極度の貧困と飢餓の撲滅」「HIV、マラリア、その他の疾病の蔓延防止」「乳幼児の死亡率の改善」「妊産婦の健康の改善」などが中心でした。ただ、解決策を先進国が決めており、途上国の立場を顧みることはありませんでした。上から目線の途上国支援の押しつけ傾向がありました。そのため途上国からの反発もあったようです。それを受けたSDGsは誰一人取り残さず、先進国と途上国が一丸となって達成する目標で構成されるようになりました。主導的役割を果たしたのはヨーロッパ諸国です。SDGsの17の目標があります。簡単な言葉で表されているので、全項目を紹介します。

1、貧困をなくそう

2、飢餓をゼロに

3、すべての人に健康と福祉を

4、質の高い教育をみんなに

5、ジェンダーの平等を実現しよう

6、安全なトイレを世界中に

7、エネルギーをみんなにそしてクリーンに

8、働き甲斐も経済成長も

9、産業と技術革新の基盤をつくろう

10、人や国も不平等をなくそう

11、住み続けられるまちづくりを

12、つくる責任つかう責任

13、気候変動に具体的対策を

14、海の豊かさを守ろう

15、陸の豊かさを守ろう

16、平和と公正をすべての人に

17、パートナーシップで目標を達成しよう

以上の17項目の実現には政府も企業も関心が徐々に高まっています。

4、MDGsから新たにSDGsに盛り込まれた考え方

 MDGsは先進国が途上国を助けるとの考え方がありましたが、先進国の都合もあり、途上国も反発を感じる場面が多かったようです。今回SDGsで盛り込まれた考え方は、途上国だけでなく先進国も普遍的に取り組むべき課題が示されています。また、その取り組みの中で「誰一人取り残さない」という理念があります。SDGsの基本的考え方は、統合された不可分のものとして「経済」「環境」「社会」のバランスを大切にしています。この考え方そのものが経済成長一辺倒ではない、成熟した文化、成熟した法律や倫理を持っている国だからこそ思想の根幹に置くことができるのでしょう。

SDGsの考えの中で持続可能な開発のために大事なものとして、5つのPを掲げています。

  • People(人間)

すべての人の人権が尊重されて平等に潜在能力を発揮できる社会を目指す

  • Planet(地球)

消費と生産に責任を持つこと、天然資源の持続可能で的確な管理、気候変動への対応

・ Prosperity(豊かさ)

すべての人が豊かな生活を送り、充実できるようにする目標。自然と調和できる経済や技術や社会の進展を確保する

・ Peace(平和)

すべての人が平和と公正を享受し、恐怖と暴力を受けない社会、すべての人が受け入れられ、参加できる包括的な世界の実現

・Partnership(協力関係)

政府、民間セクター、市民社会、国際機関など多様な関係性で結ばれた者たちが参加できるグローバルな関係性を目標にする

日本ではこの5つの主要原則から「普遍性」「包摂性」「参画性」「統合性」「透明性と説明責任」を掲げています。これらの取り組みから多くの企業も企業活動において、SDGsの概念を取りいれ経営に生かそうとしています。

5、日本はどのような役割があるのか?

日本はアジアの先進国です。アメリカと中国が覇権争いをする中で、両国ともに経済大国、軍事大国を目指しています。アジアの新興国は、国ごとに状況は違いますが、経済成長のきっかけを掴みかけています。これらの国々は思想的には経済発展中心の考え方にならざるを得ないでしょう。成長すること、豊かになること以外に別の価値を想像できないからです。

その中で日本の立ち位置はどうでしょうか?新型コロナの時期に自国でのワクチン生産もできず、経済の回復もしばらくは見込めません。日本人の誇りも失いつつあるようにも感じます。日本はこのまま衰退に向かっていくのでしょうか?そう思っている人も多いものかと思います。しかし、このコロナ禍は生活様式を大きく変化させました。家庭中心の生活や大量消費をしない生活様式ななどです。交通費をたくさんかけて出張する必要もなく、オンラインで会議は済んでしまうこともわかりました。無駄な出張は費用と時間の無駄です。今回の事態は今まで当然と思っていたことを変えるチャンスであるともいえます。

日本はヨーロッパ同様に古くからの伝統や文化も持っています。国民全体に定着した安定感のある法律や倫理も存在します。それに対してアメリカは1776年に独立宣言をしてまだ245年しかたっていません。中国は今の政治体制になったのが1949年ですからまだ72年しかたっていません。歴史的な伝統や成熟性があるとは言えません。

日本人の思想には清貧をよしとする文化があるような気がします。「枯山水」などはその典型ではないでしょうか?俳句もそぎ落とした単純な言葉に深い行間の意味を載せている文学です。明治維新以降、当時の西洋文明を真似て、大量生産・大量消費の資本主義社会を突き進んできました。今の中国と変わりません。西洋のものをパクって自分のものにする能力は中国同様日本も高かったのです。そんな日本は経済力がついてくると同時にアメリカや中国同様に軍事大国の道を歩んできました。その結果が敗戦でしたが、それ以降戦後の復興は経済大国の道を進んできました。

先進国で長く存在を示してきた成熟した日本の取るべき方向性は、人類の取るべき道筋を示す役割があると思います。それは歴史がある国だからできることです。SDGsの思想は、ヨーロッパだけでなく、深い哲学や歴史がある国の役割のように思えます。「経済」「環境」「社会」のバランスを取って、基本的人権を尊重し、文化的な暮らしができる社会を日本は求めるべきだと思います。まだまだ経済格差が極端に拡大していない日本では可能な考え方です。それこそがアジアの先進国として、他の国からも尊敬や評価を受けることになると考えます。経済的にもエコロジーに役立つ技術革新ができれば、次世代への成長の手段にもなるものと思います。

アメリカ、中国のIT大企業が進めているのはプラットホームを作って、個人情報などを一元管理することです。しかし、そのことは個人情報の保護や社会の統制につながる仕組みでもあります。人間の生き方をしっかり見つめてきた西洋哲学や日本古来の伝統的思想(武士道の精神など)の過去の蓄積があるのがヨーロッパと日本です。ヨーロッパの思想から拡がり始めたSDGsですが、日本にとっても取るべき方向がそこにあるように思っています。経済成長に関しては希望がある日本ではありませんが、SDGsが示すような調和のある生活や成熟した哲学や文化を築いていく夢はまだまだ残っています。

以上

投稿者プロフィール

西田 俊哉
西田 俊哉
アイクラフトJPNベトナム株式会社・代表取締役社長。
大手生命保険会社に23年の勤務を経て、2005年に仲間とベンチャーキャピタル・IPO支援事業の会社を創業し、2007年に初渡越。現在は会社設立、市場調査、不動産仲介、会計・税務支援などを展開。